今年4月1日、四国の土讃線・多度津~大歩危間に、新たな観光列車が誕生しました。
その名も「四国まんなか千年ものがたり」。
列車は、海辺の街から門前町を抜け、山を越え、川に寄り添って進みます。
その65キロあまりの道のりを、3時間近くかけて、地元の幸がギュッと詰まった食事をしながら、“大人の遊山”をコンセプトにのんびり、ゆったりと旅する列車なんです。
多度津→大歩危の下り列車は「そらの郷紀行」、大歩危→多度津の上り列車は「しあわせの郷紀行」と銘打たれていて、それぞれ違ったサービスが展開されます。
今回は、3/21に行われた「特別試乗会」の大歩危発の列車(しあわせの郷紀行)に乗車しました。
この日は、地元・徳島県三好市出身の半井真司JR四国社長と、車両のデザインを手がけた松岡哲也さんが自ら、実質的なホスト役を務めていました。
実は半井社長、JR四国では初めてとなる、四国出身の社長さん。
また、松岡さんはJR四国の社員で、既に高い人気を誇る観光列車「伊予灘ものがたり」のデザインを手がけられたデザイナーさんです。
昨今、鉄道車両のデザインは、著名な外部デザイナーさんが手がけられることも多いですが、自前で人材を育てていこうというJR四国の姿勢、望月は結構好きなんです。
さァ、“松岡デザイン”の第2弾となる3両編成の観光列車、さっそく見ていくことにしましょう。
●JR四国・半井社長も推奨!思い切り車内を動き回って、最高の景色を楽しもう!
高知寄りの1号車は、若草色から深緑へと変化するカラーリングとなっています。
その名も、春萌「はるあかり」の章とされ、車内のソファーも若木の芽吹きをイメージした若草色。
面白いのは天井で、囲炉裏の上にある火棚をイメージしたものになっていて、奥に鏡が貼られていることもあって、普通の車両より天井が高く感じるようになっています。
下り列車では進行左手(小歩危側)が4人席、右手(大歩危側)が2人席となります。
特筆すべきは、それぞれの通路を挟んだ反対側が、各座席の荷物置場となっている点。
反対側に“絶景”が現れても、他のお客さんを気にせず、景色が楽しめるのです!!
2号車は、・夏清「なつすがし」の章/冬清「ふゆすがし」の章。
徳島県の特産・藍染めをモチーフにした藍色のカラーリングが基本となっています。
車内には食事の配膳準備等を行うダイニングコーナーのほか、いわゆる“ロングシート”タイプのソファが11席設けられています。
それにしても、ソファの背もたれの上の部分が、結構プニプニっとした作りになっていて、窓枠まで結構、奥行きがあるように思うのですが・・・!?
『みんな小さい時、コレやったでしょ!』
ソファの秘密を半井社長自ら、解き明かしてくれました。
そう、後ろに絶景が来たら、『あの幼き日々のようにクツを脱ぎ、膝をのせて、思い切り窓の外を見て下さい!』という意味を込めたソファなのです。
見た目はお洒落、でも、しっかり遊び心もある2号車です。
多度津寄りの3号車は、色づく紅葉と果実を彷彿とさせるオレンジ色が基本。
徳島県産の杉など木材も使って、古民家風の設え、暮らしをイメージしたといいます。
この車両も1号車同様、車端部のカウンター席をのぞいて、左右両方の車窓が楽しめます。
当初は違う作りを予定していたそうですが、実際に土讃線で試験走行を繰り返す中で、左右両方の景色を楽しめたほうがイイということになり、この座席配置になったそう。
今まで観光列車に乗った際、いい車窓が反対側だったりすると、気持ちがブルーになって仕方なかったのですが、この旅好きのハートをくすぐる素晴らしい配置だと思います。
●大歩危・小歩危の絶景を眺めながら、四国の味が楽しめる!
四国まんなか千年ものがたりの「しあわせの郷紀行」は、大歩危14:20発。
途中、阿波池田と坪尻で運転停車して、琴平、善通寺と停まり、終点・多度津には17:16着です。
最初の絶景は、今の時期だけの「レストラン大歩危峡まんなか」付近にかかる「鯉のぼり」。
実は今年、この「四国まんなか千年ものがたり」のために、例年より早く鯉のぼりが始まりました。
洞門が続く区間ではありますが、列車は勿論、ゆっくり走ってくれます。
さあ、鯉のぼりを眺めている間に、食事の配膳が始まりました。
「四国まんなか千年ものがたり」は全車グリーン車指定席の特急列車という扱いで、乗るだけでも楽しめるのですが、乗車4日前までに「食事予約券」を購入すると、食事も楽しめます。
「食事予約券」は特急券を提示すれば、JR四国のほか、JR東日本・西日本・九州のみどりの窓口などで買えますので、首都圏などでも入手しやすいかと思います。(もちろん同時購入も可)
「しあわせの郷紀行」の食事は、「おとなの遊山箱(ゆさんばこ)」(4,500円)です。
遊山箱とは、その昔、徳島の子供たちが、野山へ遊びに行く時に詰めていった重箱のこと。
今回「四国まんなか千年ものがたり」のために、桧を使ったオリジナルの遊山箱が作られました。
三段の重箱には、徳島県東みよし町の日本料理「味匠 藤本」が手がけた料理がギュッと詰まっています。
【おしながき】
(一の重)
一、手まりご飯4種(海老寿し、野菜寿し、赤飯、豆ごはん)
一、細巻き(細巻き寿し・厚焼き玉子)
一、海老おかき揚げ
一、甘らっきょ
(二の重)
一、 鰆柚庵焼
一、 玉子焼
一、 海老うま煮
一、 肉巻き
一、 れんこんフライ
一、 紅白なます
一、 煮物(竹の子・こんにゃく・椎茸・昆布・生麩・さつま芋・青味)
(三の重)
一、 苺
一、 はっさく
一、 金時豆天
一、汁(煮麺)
大歩危発の「しあわせの郷紀行」の素晴らしいところは、四国一の絶景「大歩危・小歩危」を眺めながら食事が出来ることだと思います。
この区間、特急「南風」では高速で通過してしまうのですが、「四国まんなか千年ものがたり」は、小歩危付近でかなりゆっくり徐行、途中駅で長めの運転停車(注)もあります。
通常の特急では20分弱で走り抜けてしまうところを、この列車はおよそ1時間!
しかも14時台という発車時間を考慮したか、重すぎない食事も有難いものです。
例えば、「和の宿 ホテル祖谷温泉」などに泊まり、遅めの朝食をたっぷりいただいて、かずら橋や大歩危峡遊覧船などを楽しんでから乗っても、ちょうどいいくらいかもしれません。
(注)運転停車・・乗降できない駅で停車すること。時刻表上は「通過」となる。
土讃線は、大歩危を出てから阿波池田の先まで、四国三郎「吉野川」の鉄橋を3回渡ります。
その都度、川が見えるサイドが変わるために、1・3号車の座席が左右両方の車窓を楽しめるようになっているという訳なんですね。
2回目に渡った「吉野川」は、美しい水鏡になってくれました。
この鉄橋を渡ると、ようやく阿波池田に到着です。
土讃線から、実質的に徳島線が分岐する阿波池田では、10分弱の小休止。
後から来た特急「南風18号」を先に通し、下りの特急「南風13号」と行き違いを行います。
土讃線は単線ですので、こればかりは単線の宿命。
「四国まんなか千年ものがたり」もダイヤ上は阿波池田駅を通過しますが、ドアが開いて、ホームで外の空気を吸うことが出来るのは、非常に有難いものです。
阿波池田を出て3回目の吉野川を渡ると、「四国まんなか千年ものがたり」は、いよいよ山登り。
ぐ~っと左に大きく弧を描いて、渡ってきた吉野川の鉄橋を眺めながら、勾配を登っていきます。
実はこの区間は、大きなΩカーブになっていて、対岸は先ほど出てきた池田の町。
この雄大な景色も、土讃線の大きな魅力の1つなのです。
さあ、腹ごしらえも済んで、いよいよ猪ノ鼻峠越えへと差し掛かりますがその前に・・・。
大谷焼のカップに注がれた温かいコーヒーとお茶菓子でちょっとブレイク。
お菓子は、徳島市内の和菓子屋さん「茜庵」の早春賦とゆうたま(柚子)。
この食後のコーヒーまでが、「おとなの遊山箱」のメニューの一部となっています。
観光列車で出される飲み物は、最近どんどんバージョンアップしているように感じていて、陶器のカップやお皿、ガラスやそれに準ずるグラスで出るのが、スタンダードになってきていますよね。
●秘境駅「坪尻」でミニ探検&スイッチバック体験!
さて、「四国まんなか千年ものがたり」の阿波池田~琴平間における最大のお楽しみといえば、何と言っても「坪尻駅」です。
坪尻は25パーミル(注)という急坂の途中に設置された貴重なスイッチバック駅。
並行する国道32号からもかなり下った場所にあり、近くには民家も見当たらないことから、最近は日本有数の「秘境駅」の1つとしても知られています。
駅前には「マムシ注意」などの看板もあり、歩くだけで探検気分、“秘境感”もたっぷりです。
(注)25パーミル・・・1,000m走って25m登る、急な勾配のこと。
坪尻駅が出来たのは、まだ蒸気機関車の時代。
当時は一旦、平らな引き上げ線までバックして、勢いをつけて登っていたといいます。
「四国まんなか千年ものがたり」に使われているディーゼルカーのキハ185系は、急な上り坂も難なく登っていきます。
ちなみに「坪尻駅」は、ちょうど1年ぶりの再訪ですね。
*こちらの記事でご紹介しました。↓↓
「絶景!土讃線秘境トロッコ」の旅(その1・秘境編)~高松駅「あなご飯」(1,000円) 【ライター望月の駅弁膝栗毛】
●最後の琴平まで貫かれる“大人の遊山”
土讃線随一の長さを誇る猪ノ鼻トンネルを抜けると、列車は徳島県から香川県へ入ります。
香川に入って最初の駅・讃岐財田(さぬき・さいだ)駅では、下り特急「南風15号」との行き違いのため、「四国まんなか千年ものがたり」は再びしばし停車。
この讃岐財田駅前にあるタブノキは、樹齢700年を超えるとも云われ、高さ13m、幹回り5.5m、枝回りは四方に21mという大きな木で、香川県の保存木にも指定されています。
実はこのタブノキ、「四国まんなか千年ものがたり」の随所にあしらわれているシンボルマークのモチーフとなった木の1つなんです。
えっ、どんなマークかって?
ホラ、車両のカオ・貫通扉のまんなかにも描かれていたあのマーク!
タブノキのほか、善通寺のクスノキ、祖谷の鉾杉などもイメージして、このマークになったそう。
こんな薀蓄を披露するためにも、旅の土産として思わず買い求めたくなるのが、列車オリジナルの「鳴門金時きんつば」(600円)です。
特別試乗会でも大人気の一品で、芋の程よい甘さが、実に心地イイ「おとなの甘さ」。
“大人の遊山”という列車のコンセプトは、土産にもしっかり貫かれていました。
このほか車内販売では、乗車記念やお土産などに、オリジナルボールペン(800円)、讃岐のオイルサーディン(700円)、オリーブオイル(4,000円)などが売られています。
2号車・ダイニングコーナーのカウンターで販売されるほか、アテンダントさんも車内を巡回。
もしも「食事予約券」を購入してなくても、すだちやオリーブなどのご当地サイダーなどドリンク類や「和三盆のジェラート」「苺のジェラート」などのデザート、地酒と「いりこのオリーブオイルかけ」や「鮎の姿煮」といったおつまみなどは、車内で購入して楽しむことが出来るようになっています。
車窓に讃岐平野らしい「ため池」が増えてきたら、列車は程なくこんぴらさんの玄関・琴平駅へ。
上りの「しあわせの郷紀行」は、琴平で16:31~52まで21分間停車します。
今回、「四国まんなか千年ものがたり」の運行開始に合わせて、琴平駅の駅舎には「観光列車専用待合室」が設けられました。
ちなみに「しあわせの郷紀行」の“しあわせ”は、「しあわせさん、こんぴらさん」へ向かう列車という意味から来ているんですね。
「食事予約券」を持っている人には、この待合室でフェアウェルサービスがあります。
アテンダントさんがシャーベットに加えている隠し味は、酒蔵のあるこんぴらさんらしく日本酒。
ココで『お酒』を入れてくるあたりも、まさに「大人の遊山」といえましょう。
なお、下りの「そらの郷紀行」では、琴平で14分の停車中にウェルカムドリンクが提供されます。
車内で提供される料理は、こんぴらさんの参道にある「神椿」による「さぬきこだわり食材の洋風料理」(5,500円)となっています。
大歩危からこの琴平までが、「四国まんなか千年ものがたり」の1つのパッケージ。
「しあわせの郷紀行」の場合、先を急ぐなら、フェアウェルサービスを受けて、琴平16:44発の特急「南風20号」に乗り換えれば、多度津まで乗るより、岡山に30分(17:41着)、東京には40分(21:13着)先着することが出来ます。
ただ、出来ることなら、終点・多度津まで乗り通して、この旅を完結させたいところ。
それというのも、多度津は、『四国の鉄道発祥の地』!
駅前には記念碑と共に、長年、四国で活躍した8620形蒸気機関車の動輪がありました。
千年の歴史を誇る大歩危・祖谷を起点に、江戸期以来、庶民の信仰を集めてきたこんぴらさんを通り、明治以降、四国の交通を担ってきた鉄道の原点へ向かう「四国まんなか千年ものがたり」。
この3時間の旅には、日本の歴史と素晴らしい景色、美味しいものがギュッと濃縮されています。
讃岐うどんを食べ歩いただけで、四国へ行った気分になっているようでは、まだまだお子様の旅。
大歩危・祖谷へ足を運んで初めて、「大人の遊山」なのです。
(取材・文:望月崇史)
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/