今年の夏は「異常気象の年」として歴史に刻まれるのか

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【報道部畑中デスクの独り言 第72回】

台風12号 気象庁 記者会見 台風

台風12号に関する気象庁の記者会見(7月27日午後)

甚大な被害をもたらした“西日本豪雨”、「災害」と形容できるような猛暑、そして台風12号…2018年の夏は「特異かつ多様な気象現象の年」として歴史に刻まれそうです。これまで豪雨と猛暑については小欄でもお伝えしてきましたが、台風12号、これも過去例を見ない台風となりました。

水蒸気画像 台風 本州上陸前 気象庁 台風12号

7月27日12時時点の水蒸気画像(台風本州上陸前 気象庁資料から)

寒冷渦 周辺 台風 模式図 台風12号

寒冷渦周辺を回る台風の動き(模式図)

台風12号、北朝鮮でひばりを意味する「ジョンダリ」と名付けられた台風は、東から西に進むという異例の動きを見せました。通常、台風は日本列島に張り出す太平洋高気圧の縁を転がるように回ります。よって当初は太平洋上を北西方向に進みながら、高気圧の縁の西端に来ると向きを変え(転向点といいます)、偏西風にものる形で北東方向へと去っていく…つまり日本接近時には概ね西から東に進むのが多くの台風がたどる進路ですが、今回はほぼ逆の動きとなったわけです。「逆走台風」と呼ばれる所以です。
その大きな理由になったのが日本列島の南方、台風の間に存在した「寒冷渦」と呼ばれる冷たい空気の渦。この寒冷渦が「目の上のたんこぶ」のごとく居座ったことで、台風は寒冷渦の周りを反時計回りに転がるように進む形となりました。
思い出すのは2年前の2016年の台風10号。西へ東に行ったり戻ったりした上に、北にと向きを変えて、東北に上陸したという「迷走台風」でしたが、これは近くに台風11号という別の台風がひかえたことで複雑な進路をたどったと言われています。この時は「台風同士」の相互作用でしたが、寒冷渦も渦の一つ、台風と同じような動きをもたらします。

寒冷渦 周辺 台風 模式図 台風12号 発生

寒冷渦ができるまで(模式図)

ちなみに、この寒冷渦はなぜできるのか…日本の上空には偏西風と呼ばれる西寄りの風が東西方向に吹いていますが、この偏西風が時に波打つように吹くことがあります。これを俗に「偏西風の蛇行」と言い、北の冷たい空気が南に垂れ下がり、南の暖かい空気が北に持ち上がる現象が生まれます。そして蛇行が強まると、ちょうどまぶたにたまった涙がしずくとなって切り離されるがごとく、北の冷たい空気の渦が切り離される、これが寒冷渦です。切り離されるがゆえ、切離低気圧とも呼ばれますが、切り離されて“独立”するために、一度できるとなかなか動かないという特徴があり、したがって今回の台風も、居座る寒冷渦を中心に回らざるを得なかったわけです。

台風12号 高波 小田原市 国道135号 通行止め 神奈川県 小田原 台風

【台風12号】台風12号の高波の影響で小田原市の国道135号は通行止めとなった=2018年7月28日午後、神奈川県小田原市  写真提供:産経新聞社

今回の台風についてはこれまでに高波による被害が相次ぎました。伊豆半島東側の熱海、小田原ではホテルのガラスが割れたり、沿岸を走る国道が波をかぶり、パトカーや救急車までもが損傷するなどの被害が出ました。「これまでの経験が通用しない可能性がある」と気象庁が記者会見で呼びかけましたが、この現象を見る限り、呼びかけ通りの状況となりました。なぜこのような被害が出たのか、気象庁などに取材したところでは、いくつかの要素が重なったと考えられます。
まず、台風が西に進んだために、東からの強風が吹いたこと、これは気象庁の記者会見でも再三にわたって警戒の根拠として伝えられました。そして12秒~15秒の長い周期の波が観測され、大きなうねりがあったことが挙げられています。うねりとは…遠方から伝わってくる波のことで、必ずしもその海域の風向とは一致しません。遠く離れた低気圧や台風からもたらされることが多く、今回はまさに台風による典型的なうねりだったと言えます。

うねり 地形 熱海 小田原 高波 模式図 台風 台風12号 寒冷渦

うねり、地形など…熱海や小田原に高波をもたらした理由を図にしてみました。
(※当初、掲載した図の一部に誤りがありましたので訂正させていただきます。失礼いたしました。 2018年8月6日)


これに加えて、気象庁では伊豆半島の東側、相模湾の海底地形も影響しているのではないかと話していました。相模湾では南東に水深の深い海底が走っていますが、これが沿岸になると急に浅くなる地形になっているそうです。つまり南東方向からやってきた波が水深の深いところから浅いところに進むことによって高波が発生した可能性があります。せき止められた壁に波が打ち付けられると波が高く水しぶきを上げるシーンを想像すると理解いただけるのではないかと思います。

東寄りの風、うねりに海底地形、この3つが今回の高波をもたらした要因と考えられますが、特に東寄りの強風については、やはり台風が東から西へ進む特異な進路が大きく寄与したのではないかと気象庁では説明しています。

なお、被害があった地域付近には波浪計は設置されておらず、何mの波が来たのは正確にはわかっていません。数値予報を基にしたモデルでは6mの波高が予想されていましたが、上記の理由によって沿岸で波はさらに高くなり、ホテルのガラスを直撃した可能性があるということです。今後、現地調査で実際に波が到達した高さ(遡上痕・そじょうこんといいます)を確認することになると思われます。

ちなみに波浪計は気象庁では全国に6カ所しか設置されていません。上ノ国(かみのくに、北海道)、唐桑(からくわ、宮城県)、石廊崎(いろうざき、静岡県)、経ヶ岬(きょうがみさき、京都府)生月島(いきつきしま、長崎県)、屋久島(鹿児島県)の6カ所です。これに国土交通省港湾局、海上保安庁、自治体の波浪計で観測を補っているのが現状です。しかし港湾局は主に船舶の安全な航行のため、海上保安庁は灯台に設置されているのがほとんど。被害のあった地域は港や灯台もない、いわば「空白地域」にあったということで、こうした被害を受け、波浪観測施設の増設を求める議論が出てくるかもしれません。
台風12号について私は放送で「極めていやらしい台風」と表現しましたが、そのいやらしさは現在も続いています。三重県伊勢市に上陸し、近畿・中国地方を横断した後、福岡県豊前市付近に再上陸、そして、奄美地方を“ループ”して東シナ海に進んでいます。8月1日時点の気象庁の予想では3日まで台風の体をなしているということで、周辺地域ではまだまだ警戒が必要です。

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