コネクティッドカー発表にみるトヨタの“底力” その2
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【報道部畑中デスクの独り言 第67回】
新型クラウンとカローラスポーツの発表イベントでは、一般客に向けて豊田章男社長と友山茂樹副社長のトークショーも開かれました。友山副社長は「ちょい悪オヤジ」的雰囲気。2人の話は司会そっちのけでやや暴走気味でしたが、「コネクティッドカー」誕生に至るまでの秘話も明かされ、取材記者の私にとっても興味深いものでした。
「もっと顧客との接点が欲しい」
トヨタのコネクティッドカーとしてのルーツは、いまから22年前、1996年の業務改善支援室にさかのぼります。当時この部署に所属していた豊田氏と友山氏(この時も上司・部下の関係)は営業部門を回って改善を進め、その結果、2年後に「中古車画像システム」なる端末を開発しました。販売店で新車を売ると、多くの場合「下取り」をしますが、その下取り車をデジタルカメラで撮って、全店舗で共有、商談につなげるというものです。顧客との接点を具現化する一環ですが、販売店から見ると下取り車は早く売らないとお金を回収できない、それは車両の展示期間が長びくほど厳しくなる、期間を短縮することで業務改善に寄与する意図もありました。
現在は数多ある中古車販売業者もインターネットのサイトを持ち、顧客だけでなく業者間での競売も行われていますが、当時は販売店から「画像なんかで車が売れるわけない」と言われたそうです。何せインターネットも普及はまだまだの時代、コンピュータの世界もOSは「ウィンドウズ95」がようやく出たころです。豊田社長によると、当時は10万円の「ポケットマネー」で部品を購入し、友山氏の自宅に集まりパソコンを“自作”したそうです。「完成した時の感動は今も覚えている」と語ります。
その後、端末は中古車情報だけでなく、音楽ダウンロードやデジタルプリント、チケット販売などの機能を持たせたマルチメディア端末「eTOWER」に発展します。そして、この端末に興味を示したのは販売店ではなく、何とコンビニエンスストアだったのです。ファミリーマートでは端末を「ファミポート」と名付けていますが、この原型となったのが、トヨタが開発した装置でした。
ただ、このマルチメディア端末事業、社内の評判は決して芳しくありませんでした。経営陣からは「何でこんなことを製造業のトヨタがやるんだ」と言われ、設立された会社の社名にも“トヨタ”の名前はつきませんでした。社名は「GAZOO(ガズー)メディアサービス」。「GAZOO」はもちろん「画像」からきたものです。レーシングチームで知られる「GAZOO」はここにルーツを持つのです。初代社長が豊田氏、副社長が友山氏でした。コンビニ端末を中心とした事業は運の悪いことにITバブルの崩壊で縮小。友山氏によると、端末を「御曹司のおもちゃ」と言う口の悪い人もいたそうで、事業は雌伏の時が続きます。
しかし、その後、アメリカからの車内情報サービスの流れを受け、車載端末「G-BOOK」を「Willサイファ」に搭載、レクサスにも採用されました。コネクティッドカーの関心度が高まってきたのは周知の通りで、「GAZOOメディアサービス」は世界6カ国で拠点を持つ企業に成長。昨年「トヨタ・コネクティッド」と社名変更し、ようやく“トヨタ”の名をいただきました。
コネクティッド事業の原点は20年以上前にあったこと、コンビニのマルチメディア端末に当時、トヨタの技術が使われていたこと、そして、レースで知られる「GAZOO」のルーツについて…知る人ぞ知るエピソードが披露されました。苦楽を共にした豊田社長と友山副社長の「固い絆」を感じるひと時でもありました。
同時にトヨタという会社の姿が改めて見えた時間でもありました。トヨタはかつて「石橋を叩いて渡る」と言われるほど、物事に慎重、保守的な企業とされてきました。「スピード&オープン」を豊田社長は掲げていますが、新会社の名前に“トヨタ”が当時冠されなかった話を聞くと、やはり大企業、なかなか会社の体質は変わらないものだと感じます。
一方、コネクティッドという言葉はここ2~3年で脚光を浴びていますが、トヨタは20年以上前から「下地」を積み上げてきました。しかし、単なるブームだからではなく「顧客との接点を広げる」という発想から来たものでした。トヨタは保守的ではありますが、いったん始めたことは決してあきらめず、地道に育てていく企業でもあります。クラウンやカローラが半世紀を超えても生き続けているのはまさにその証左でしょう。豊田社長は自らを「マイノリティ(少数派)」と表現し「マイノリティの意見も通るような大企業があってもいいんじゃないか」と語ります。この二面性こそトヨタの強さであり、怖さでもあると思います。
「私たちと一緒に自動車の未来をつくりませんか? ご賛同いただける方、この指とーまれーい!」
豊田社長はイベントで力強くこう締めました。「オープンプラットフォーム」を掲げ、異業種との連携に柔軟な姿勢を示しつつ、“根っこ”である「この指」…主導権は渡さないという強い意志を感じました。
次世代自動車の開発競争を繰り広げる同業他社、新興IT企業にとっては相当な脅威であることは間違いありません。国際的な覇権争いはまさに「待ったなし」の状況と言えます。