感染症に勝った奇跡の子猫! ママ獣医師のミルクボランティア奮闘記
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【ペットと一緒に vol.109】
ママ獣医師として、子猫のミルクボランティアを続けている箱崎加奈子さん。
今回は、「いつかはこんな日が来るかもしれないと思っていた」と語る、預かり猫のパルボウイルス感染症との闘いの記録をお届けします。
まさかの猫パルボウイルス感染症の発症
子猫のミルクボランティアを始めて約2年になる、獣医師の箱崎加奈子さん。
「この夏に来た子猫たちが、猫パルボウイルス感染症になってしまいました。獣医師として精一杯、手を尽くしましたが……」と、肩を落とします。
子猫5匹は生後1カ月を過ぎてから、箱崎さんのもとへやって来たといいます。まずは、同じミルクボランティア仲間のところで1週間ほど過ごしてから、箱崎家へ。
「離乳期も終わる頃の子猫で、人懐っこくてとてもかわいくて。さっそく愛犬のミーにじゃれついていましたね」と、加奈子さんは振り返ります。
到着してから数日が過ぎた頃、子猫たちの体調に異変が現れました。4匹が、相次いで嘔吐と下痢を始めたのです。
「最初は保護猫によくある、寄生虫感染かと思いました。でも症状が重いため、便を採取して検査機関に送ったところ、パルボの感染が発覚したんです。そこですぐ、1日に3~4回の点滴を開始。針を刺されると痛そうで、子猫たちは暴れました。『ごめんね、ガマンして。つらさを軽減するためなんだよ』と語りかけながら治療をしました」。
それでも病状は悪化の一途をたどり、強力な吐き気止めを投薬した直後からも嘔吐をし、4匹の子猫は発症から2~3日後に亡くなってしまったそうです。
ところが1匹の三毛猫だけ、猫パルボウイルスに感染しながらも発症せずに済んだとか。
「生き残りという表現は少し違うかもしれませんが、とにかく、すごい生命力を感じました。愛犬のフードボウルにまで行くような食欲旺盛なコだったので、持って生まれた免疫力が高いのかもしれませんね」と、加奈子さん。
保護された子猫を預かるリスクと覚悟
三毛猫の名前は、小学1年生の箱崎家の長女が名づけました。
「みきちゃんです。もともとは最初に過ごしたボランティアさん宅で、ミーちゃんと名づけられたんですが、我が家の愛犬と同じ名前なので改名しました(笑)」。
そのミルクボランティア仲間の方は、自宅に来た子猫たちにはすぐに名前をつけるそうです。
「今回のように感染症だったり、もともと衰弱していたりして命を落とす子猫も少なくありません。死んでしまってから名前をつけるのは切ないからだと聞きました。私もミルクボランティアの一員になって、その気持ちがわかるようになりましたね」と、加奈子さんは語ります。
加奈子さんは今回、ボランティア仲間宅でパルボを発症しないで良かったと感じているとも。
「私は獣医ですから、すぐに対処が可能です。でも一般家庭で発症した場合は、夜間であれば受け入れ可能な病院に搬送したり、往診をお願いしたりしなければならず、大変です。さらに、治療費もかかります。愛護団体によっては治療費などを負担してくれたり、里親さんに治療費や避妊・去勢手術代を譲渡時に請求する例もありますが、ある程度、ボランティアさんの持ち出しのお金は発生します。
なにより、せっかく救われて自宅に到着したばかりの小さな命を看取るのは、獣医よりもつらいと思いますから……」。
猫パルボウイルス感染症を予防するワクチンを接種していたにもかかわらず、一時預かりの子猫から先住猫にパルボが感染してしまった例も、加奈子さんの身近にあるといいます。今回のみきちゃんたち5匹を最初に預かったボランティアさん宅では、寄生虫なども含めて先住猫に感染しないように、最初のうちは子猫を隔離していたとのこと。
「パルボは本当に感染力が強いので、厳重な注意が必要です。一度発症してしまったら、抵抗力の弱い子猫や老猫はまず助かりません。対症療法しかできず、特効薬がないからです。ミルクボランティアは、経済的にも、住空間的にも、時間的にも余裕がなければむずかしいと、今回の件で再認識しました」(加奈子さん)。
ミルクボランティアには、先住猫がいる場合にはリスクが、また子猫を看取る可能性もあるという覚悟が必要だと言えます。
ちなみに、犬には犬パルボウイルス感染症がありますが、猫パルボウイルスは犬には感染しません。
生後2カ月になった、みきちゃん
発症した4匹の子猫を、加奈子さんは経営する動物病院に入院させず、自宅の一室で治療をしました。ちょうど現在、子育てとの両立のために在宅での仕事が多く、病院での診察はあまり行っていないからだそうです。
「病院にいる猫たちへの感染も危惧しました。もちろん、動物病院にも感染症で入院する犬や猫はいて、隔離室で管理をします。とくに感染力の強いパルボウイルスは塩素消毒が必要で、病院では使い捨てエプロンや手袋を使用して治療をしています。パルボはワクチン接種でほぼ予防できる病気なので、病院でパルボの犬や猫を診ることはほとんどありません。
もし預かりボランティアを行う際に先住猫がいるならば、感染症の3種混合ワクチンの定期接種はマストですね」と、加奈子さんは述べます。
パルボウイルス感染症を発症しないまま、みきちゃんは生後2カ月になりました。ミルクボランティアとして預かった子猫は、離乳前後で新しい家族のもとへ巣立つケースが多いなか、この月齢まで箱崎家に滞在しているのはめずらしいのだとか。
「かなりの美猫ですからね(笑)。先日、譲渡の希望がありましたが、先住猫がいるようなので、パルボウイルス陽性のリスクを説明して諦めていただきました」とのこと。
パルボウイルスは数カ月の間に陰性になると考えているそうですが、これからも終生みきちゃんだけと暮らしたいという希望者が現れるのを気長に待つそうです。
「そのうち情が移った私が引き取るのでは……、と思っている人も多いようですが、みきちゃんがたとえ1歳を過ぎても譲渡先は探します。だって、猫を飼ってしまうと、私の性格ではミルクボランティアが続けられなくなりそうだから」と、加奈子さんは微笑みます。
加奈子さんの娘さんとも愛犬とも仲良く遊ぶ、みきちゃん。加奈子さんには、小さな声でミャーミャーとよく話しかけてくるといいます。誰にでも愛される性格のみきちゃんは、きっと天国へ旅立ってしまった4匹の分まで、これからは新しい家族を見つけて幸せになるに違いありません。
連載情報
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ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!
著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。