【ペットと一緒に vol.106】
平日は会社勤めをしながら、週末はボランティアトリマーとしての活動を始めた留美さん。今回は、「とても大きな役割を、保護犬のボランティアのトリミングで感じている」と語る、留美さんのストーリーをお届けします。
手に職をつけたいけれど……
外資系金融企業に16年勤めたのち、40歳を過ぎてトリミングスクールに入学した留美さん。
「トリマーの資格習得を目指したのは、結婚がきっかけでした。いくつになっても現役でやっていけますし、夫のように“手に職”を持ちたいと思うようにもなって」と、自身の兄の家族であるダックスフンドのサニーくんを撫でながら振り返ります。
サニーくんもまた、留美さんをトリミングの道へ導いた存在でもあります。
「サニーをトリミングサロンに連れて行った経験から、犬のお手入れの大切さを実感しました。ダックスはいわゆるトリミング犬種ではありませんが、足腰に負担をかけないために足裏の毛のカットなどはマスト。定期的なシャンプーをはじめ、健康管理のためにはどんな犬にもグルーミングは欠かせないんです」とのこと。
トリミングに興味を持った留美さんが探し出したのは、社会人向けのトリミングスクールでした。
学習時間を選択できるため、退職したばかりの留美さんは週4日、10時半から16時まで通いつめたそうです。
「8カ月間で100頭近くのトリミングを体験しました。犬種も様々。ガウガウと牙を向けられたりした日は、『私のどこが悪かったんだろう……』と肩を落としながら帰宅しましたね」(留美さん)。
偶然の出会いで開いた思いがけない道
卒業試験で無事にプードル1頭を2時間で仕上げ、トリマーのスクール認定資格を習得した留美さん。
「クラスの仲間がトリミングの技術を活かして起業準備や就職活動を進めるなか、私は進路に悩んでいました」。
その渦中、たまたま最初に勤めた会社からの誘いがあって、留美さんは復職を選択しました。
そんなある日、ふとしたきっかけでボランティアトリマーへの道が開いたと言います。
「街頭で動物愛護団体に募金をしたとき、里親募集で来ていたプードルに目が釘付けになりました。モップのように毛束ができていて、『うわー! 私がキレイにしてあげたい。どうしてこんな状態なの?』って。団体の方に色々とうかがっているうちに、サニーや知人の犬のトリミングで技術レベルを維持できていたので、迷わず保護犬シェルターでのボランティアトリマーを決意しました」。
保護犬も自分も喜びが大きい
留美さんは現在、月に4回ほど、愛護団体のシェルターに通っています。
「身近にいるのは愛犬家ばかりだったので、ネットで殺処分、動物虐待、飼育放棄問題を目にしても実際ピンとはきていませんでした。でも、トリミングをする保護犬の中には、シャンプーや爪切りが未経験だと思われるボロボロなコがいたり、人を信用していない様子でブルブルと震えるコがいたり、逆に誰かに飼われていたのが明らかな、トリミング台にも触られることにもすごく慣れているコがいたり……」。
ボランティアでのトリミングをとおして、なにかしら心に傷を抱えた犬たちの現実を初めて目の当たりにしたと言います。
保護犬たちのトリミングで留美さんが心がけているのは、トリミングを楽しい経験にさせることだとか。
そのため、シェルター内を見渡して、体調が良さそうな保護犬を先に選ぶようにしているそうです。さらに施術中は「上手~!」などと、笑顔でやさしく犬をほめるようにしているとも。
「どんな犬にも共通しているのは、シャンプーとお手入れのあとに、気持ちよさそうな表情になることですね。きっと、さっぱりして気分がいいんだと思います」と語る留美さん自身も、犬を眺めながらうれしい気持ちになるのは想像に難くありません。
と同時に、少女時代をともにした愛犬のクッキーちゃんを思い出しながら、「人に大切にされるっていいよ。いずれ、かわいがってくれる家族ができるからね」と、保護犬たちに語りかけたくなると言います。
留美さんがボランティアトリミングをした60頭の犬のうち、これまで愛護団体の尽力のもと、50頭が新しい飼い主のもとに旅立ちました。
「トリミングスクール時代同様、今でも保護犬に牙を剥かれたりもします。でも、愛犬のクッキーとの時間で培った“ある確信”が、私の気持ちを支えてくれています。その確信とは、犬と人との心のかよい合う関係性は必ず築けるというものです」。
留美さんは今週もまた、社会人として、そしてボランティアトリマーとして、自身が考える最良のバランスを保ちながら、両方の顔を輝かせていることでしょう。
連載情報
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著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。