フランス料理グランシェフ・音羽和紀~日本を出て“料理界のダ・ヴィンチ”アラン・シャペルに師事するまで

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黒木瞳がパーソナリティを務める番組「あさナビ」(ニッポン放送)に、フランス料理店「オトワレストラン」シェフの音羽和紀が出演。フランスでアラン・シャペルに師事するまでの経緯について語った。

柴田書店『この地でフランス料理をつくり続けていく:故郷に愛され、発信するフランス料理店。素材・人・料理』著:音羽和紀(※画像はAmazonより)

黒木)今週のゲストは栃木県宇都宮市のフランス料理店「オトワレストラン」のシェフ、音羽和紀さんです。食育、地産地消を早くから実践されて来たパイオニアということですけれども、現在は宇都宮市でフランス料理店「オトワレストラン」を経営されています。最初に修行なさったのはドイツ、それからスイス。どちらかと言うとドイツ料理ですよね?

音羽)そうですね。

黒木)なぜドイツに行かれたのですか?

音羽)1970年なのですが、当時は、私自身がこの業界のことをまったく知りませんでした。事情もわからず、とにかくヨーロッパで料理の仕事がしたいと思っていました。

黒木)最初から料理人を目指していらっしゃったということですか?

音羽)はい。

黒木)それで、つても何もなく。

音羽)たまたま見つかったのがドイツだったということです。

黒木)ドイツは、どちらへ行かれたのですか?

音羽)ハンブルクから北に100キロほどの、キールという港町です。小さな町で、昔は軍港だったところです。そこに1年、そのあと中部のケルンで1年。そして、キールで研修をさせていただくことになりました。

黒木)それからスイスに行かれて。

音羽)ドイツで知り合いになったオペラ歌手の方が、「お前はどうするんだ」と心配してくれたのです。「見つからなくて困っています」と言ったら、知り合いがジュネーブにいるということで紹介していただき、ジュネーブに行くことができました。

黒木)それは、日本を出られて何年後くらいのことですか?

音羽)4年目に行きました。

黒木)4年というと、短いのか長いのか。その辺りのお気持ちもあるでしょうけれども、その後、念願かなってフランスへ行かれた。しかもアラン・シャペルさんに、日本人として初めて師事なさったということですが、そういうご縁があったのですね。

音羽)ジュネーブでお世話になったレストランは、スタッフ全員がフランス人でした。オーナーシェフもフランス人です。入ってからわかったのですけれど、著名なフランス人シェフで、その方に半年くらい経ってから「どうしてもフランスに行きたい、リヨンに行きたい」という話をしたら、「紹介するよ」と言ってくれました。その前に僕がいろいろ調べて、「最も厳しくて、最もうまい。そういう店を目指したい」と言ったら、そのジュネーブのお店の料理人は全員、「それはアラン・シャペルだ」と言っていたのですね。それで、僕のなかではもうここ以外では探さないと。ここしかないということで、目指しました。

音羽和紀(おとわ・かずのり)/フランス料理グランシェフ

■大学卒業後、ヨーロッパに渡りドイツ・スイス・フランスのホテルやレストランで修行。
■フランス料理界の重鎮、故アラン・シャペルに日本人として初めて師事。
■帰国後の1981年、故郷・宇都宮にレストラン「オーベルジュ」を開店。2007年には「オトワレストラン」を開店。またフランス料理店のほか、レストラン・バー、デリカショップなども経営。
■洗練された芸術作品として美しく構成および提供される彼の料理は、栃木和牛、ヤシオマス、鰻、那須高原産チーズ、アジア梨など地元の旬の素材を活かしたもの。フランスの要素とバランスをとりつつ、地域の伝統に敬意を表す。
■2018年には、ホテル・レストランの世界組織「ルレ・エ・シャトー」の、1年間の活躍が最も期待される料理人に贈られる「シェフトロフィー2019」を受賞。
■豪華観光列車「四季島」にも料理を提供。
■また親と子の料理教室や高校で料理を教えるなど「子供達の食」をテーマにした活動や、地場の産物を使った料理の開発、県の農政委員を務めるなど、地域の食環境のためにも活動をしている。

ENEOSプレゼンツ あさナビ(9月23日放送分より)
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