「オンライン」で炙り出された、教育の質の向上に欠かせないもの
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フリーアナウンサーの柿崎元子による、メディアとコミュニケーションを中心とするコラム「メディアリテラシー」。今回は、オンラインで見落としがちなポイントについて---
普通に聞こえること
オンラインコミュニケーションで最も気にかけるべき点。それは「普通に聞こえること」です。
「えっ、当たり前ですよね?」とお叱りを受けるかも知れません。もし、目の前で話している相手が突然口パクになったら……通常はあり得ませんが、当然話の内容は聞こえて来ません。音が聞こえていることが普通です。
“普通に聞こえるはず”と思うことに障害があるのは、大きなストレスになります。私が陥ったZoomでの失敗は、ゲストスピーカーを招いた際の音量バランスの悪さでした。ゲストに対して私の声が3倍は大きく、相手の話の腰を折るほどです。
「ふむ」「はい」などのあいづちは雑音レベル、笑い声は「キーン」と響くため、ボリュームを下げなければ耐えられるものではありません。イベント終了後にこの点を指摘された私は、“普通に聞こえる”大切さとオンライン知識のなさを痛感したのです。
聞こえない声の存在
文科省が2021年5月に実施した「新型コロナウイルス感染症の影響による学生等の学生生活に関する調査」によりますと、令和2年度後期に履修した授業のうち、“オンライン授業がほとんど”または“全てだった”と回答した学生は、全体の6割。オンライン授業のよかった点として、自分の選んだ場所や、自分のペースで学習できることなどが挙げられていました。
一方、悪かった点も見てみますと、複数回答ながら「友人などと一緒に授業を受けられず寂しい」が53.0%、「レポートなどの課題が多かった」が49.7%、「質問等、相互のやり取りの機会が少ない」が43.9%、「対面授業よりも理解しにくい」が42.7%でした。
文科省は、オンライン授業の実施にあたっては「学生の声を丁寧に聞き、質の向上に努めることが必要」と結論づけています。教育の質は、対面授業が維持されないことによって浮上した問題です。私はこの調査には隠れた声、オンラインだからこそ出て来た“聞こえない声”があるのではないかと感じました。
質の向上1・聞き取りやすさ
普通の対面コミュニケーションでは、「聞こえない」ことはあまり認識されません。なぜなら「聞こえる場所にいる」からです。騒々しい場所にいるなら相手と近づいたり、大きな声で話したりして、私たちは無意識に調節しています。
しかしオンラインでは映像や回線がつながっているか、見えるか見えないか……に気を取られ、音への意識は低くなります。音量の高低やバランス、雑音への心配りは、ひどくない限りは我慢の範疇となっています。
実はアナウンサーは、話す前に必ず“マイクチェック”を行います。技術的に問題がないか音声担当者とテストをするのです。今期の講義前に私はヘッドセットマイクを購入しました。パソコンが拾う生活音を遮断し、吐き出す息が必要以上に音にならないように調整しました。
この結果、学生の反応はとてもいいものでした。「どの授業よりも圧倒的に聞き取りやすかったです」「授業でよかった点は音声がクリアでした」「内容がスッと頭に入って来る聞き取りやすさがありました」……普通に聞こえるという当たり前のことが、質の向上に直結します。
質の向上2・プレゼン能力
教える側のプレゼン能力もあまり問題視されません。日本の大学教員は教育と研究の両面を担っています。学生を教授して研究を指導し、自身も研究に従事します。
これまでは、学生への指導は対面であったため、教員に任され、質は議論されませんでした。話し方は教える内容を補うものであったり、教員のパフォーマンスは“特徴”として位置づけられていたと思います。しかし、「オンラインプレゼン」は対面のそれとはまったく違うものです。
オンラインにおけるプレゼン能力とは、「1人だけで話す技術」です。1人だけで話すのはそんなに簡単ではありません。反応が感じられないからです。あいづちを打ってもらえない、気配も感じられないなかで話し続けなければなりません。骨が折れます。真っ暗のなか、手さぐり状態で話を進めるのですから、普段の倍の労力が必要になって来ます。
ラジオのパーソナリティを思い描いてみましょう。番組ではスタジオ内に誰かにいてもらい、その人に向けて話しています。話しかけながら、反応を見ながら進めて行くのです。このような難しい状況に対処すべく、世の中には、さまざまなテクニックが紹介されています。
オンラインで効果的にプレゼンするには、“言葉よりもジャスチャーに意識”、文章は“通常よりも簡潔に短く”などです。そして、とっておきの秘策があります。それは“熱量”です。
「この学問はすごいでしょう!」「このポイントに気づいたのはまさに偉人です!」「歴史のダイナミックさを感じませんか!」
想いは滲み出る
「!」で表現しましたが、熱量を言葉で表すのはとてもやっかいです。表現する明確な言葉であればあるほど響きません。むしろ、声の大きさやジェスチャー、抑揚に表れます。興味を持って欲しいという想いが、声の大きさやパフォーマンスに滲み出るものなのです。
話を戻しましょう。コロナ禍は長期化しています。教育の質を問題にする際に、学生の声を丁寧に聞くことはとても大事です。しかし、それだけでは不十分です。声にならない声、聞こえない声に耳を傾けて欲しいと思います。
例えば、ITリテラシーの抜け落ち度、自身のパフォーマンスや熱量など、伝える能力の不足、“持っていて当たり前”に目を向け、改善するための仕組みが求められると思います。
学生の授業の感想にはこのようなものもありました。「先生の授業に対する熱量がこちらにも伝わり、期待に応えようと思いました」「先生自身がワクワクしながら話そうという気持ちが伝わって来て、私もワクワクしながら聞くことができました」……対面コミュニケーションでは気づかなかったことや必要としなかったものを整え、変えて行くことがコロナ後の未来につながると信じています。 (了)
連載情報
柿崎元子のメディアリテラシー
1万人にインタビューした話し方のプロがコミュニケーションのポイントを発信
著者:柿崎元子フリーアナウンサー
テレビ東京、NHKでキャスターを務めたあと、通信社ブルームバーグで企業経営者を中心にのべ1万人にインタビューした実績を持つ。また30年のアナウンサーの経験から、人によって話し方の苦手意識にはある種の法則があることを発見し、伝え方に悩む人向けにパーソナルレッスンやコンサルティングを行なっている。ニッポン放送では週1のニュースデスクを担当。明治学院大学社会学部講師、東京工芸大学芸術学部講師。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修士
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