それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
今回は、兵庫県西宮市にある幼稚園のお話をご紹介します。
ある秋の日でした。5歳の女の子が、木々が葉っぱを落として行く様子を見て、「葉っぱが競争しているよ!」と言いました。また、ある4歳の男の子は、芋掘り体験のときに「お芋がいっぱい『こんにちは』って、お顔を出してる! どうやって助けよう?」と言ったそうです。
こういった言葉が書かれた、幼稚園の通園バスが走っています。走らせているのは、兵庫・西宮で7つの幼稚園や保育園などを運営している「学校法人 阪急学園」。「阪急」と名前がついていますが、特に鉄道会社とは関係ありません。
もともと、あの西宮球場も近くにあった阪急・西宮北口駅の前で、昭和30年に最初の幼稚園を開いたことが名前の由来だそうです。
理事長の松本善實さんは、昭和17年生まれの79歳。いまからちょうど40年前、創業者のお母様から仕事を受け継ぎました。
松本さんは理事長になって間もなく、1冊の本と出会います。本の名前は『たいようのおなら』。いまは亡き児童文学作家の灰谷健次郎さんが編集された、子どもたちの詩集です。
その素直な心が記された言葉に感銘を受けた松本さんは、さっそく一部を引用して学園だよりなどで紹介しようとしましたが、著作権の関係でNGに。しかし、松本さんは自分の目の前ではしゃぐ、たくさんの園児たちを前に気付かされました。
「本に頼らなくても、私にはこんなにいっぱいの子どもたちがいるではないか。この子たちが発する、1つ1つの言葉に耳を傾けよう」
松本さんは1冊のノートに、子どもたちの「つぶやき」を書き記して行くことにしたのです。
松本さんの各幼稚園では全部でおよそ200名の先生方が、毎日ノートを片手に、園児1人1人の名前と一緒に言葉を記録しています。記録された言葉は、学園だよりなどの配布物に載せるようにしました。松本さんは、子どもたちの言葉を聞くと、家庭の様子が手に取るようにわかると言います。
お母さんのお迎えが遅くなった5歳の男の子は、「また、どこかで長話してるんだわ」と言います。同じく5歳の女の子は、バレンタインデーの次の日に「お父さんたら、会社の女の子にチョコ貰って、喜んで食べてたよ!」……子どもは、お父さん・お母さんのことをしっかりと見ています。
先生に対しても容赦しません。「何で口紅塗るの? わかった、先生、美人になりたいんでしょ?」と話したのは、ある4歳の女の子です。
こんな「金言」が次から次へと現れるので、ノートはすぐに埋まります。お便りにも全部は載せられず、幼稚園の外壁にも貼り出しました。保護者の方たちは大喜びで、「貼り出された我が子の言葉を記念に持ち帰りたい」というお母さんも現れました。
しかし、まだ子どもたちの言葉を載せる場所が足りません。そこで注目したのが通園バスでした。ホワイトボード用のペンを使って言葉を書き込んだ、マグネットタイプの掲示板を使い、1つは親御さんたちも見やすい車体の側面、もう1つはバスの後ろに貼り付けました。
後ろに貼ったのは、通園バスが子どもたちの乗り降りのために何度も停まるからです。バスの後ろに付いてしまったドライバーのなかには、ちょっとイライラしてしまう方がいるかも知れません。松本さんは、「せめて子どもたちの言葉を見てホッとしたり、クスッとしてもらえたら」と話します。
阪急学園の各幼稚園が、子どもたちの言葉を記録するようになって、およそ35年。松本さんは、いまも西宮市内の幼稚園で、子どもたちの言葉を書き留めています。書き留めた言葉は年に1回、幼稚園ごとに「つぶやき」という名の冊子にまとめていて、100冊近くになりました。
この1年半あまり、子どもたちもコロナ禍で制約の多い生活を強いられています。しかし、子どもはマスクを着けることにも素直で、対応力が高かったと言います。
「子どもたち1人1人には能力があります。大人が子どもたちから学ぶことも多い。だからこそ、大人はもっと感性を研ぎ澄ませて、子どもたちの言葉に耳を傾けた方がいいのです」と、松本さんは力強く話します。
きょうも子どもたちの夢と、小さな「つぶやき」をいっぱい乗せた通園バスが、西宮の町を走ります。
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