ソニー、EV市場参入検討の衝撃
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「報道部畑中デスクの独り言」(第282回)
ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、ソニーのEV市場への参入検討について---
昨年(2021年)暮れから、自動車業界は次世代自動車に向けた慌ただしい動きがありました。
昨年12月14日にはトヨタ自動車がEV=電気自動車に関する説明会を開催。2030年までに30車種のEV(ちなみにトヨタではバッテリーEVと呼んでいます)を展開し、2030年には世界販売で年間350万台を目指すと明らかにしました。
この台数はトヨタ単体では全体の3分の1ほどですが、台数自体はドイツのダイムラー、BMW、日本のスズキの年間販売を超えるもの。いかに大きな数字かということです。電池関連の新規投資を1兆5000億円から2兆円に増額することも表明しました。
「私たちの未来のショールームへようこそ。きょう発表した未来は、決してそんな先の未来ではない」
会場では豊田章男社長が両手を広げ、その背後にずらりと16台の車両が……報道陣の度肝を抜きました。
また、先月1月27日にはルノー・日産・三菱自動車連合が新たなビジョンを発表しました。電動化加速のため、今後5年間で約3兆円を投資。2030年までに連合全体で35車種のEVを投入する方針です。
これに先立つ昨年12月の日産の長期ビジョンでは、電動化への対応に今後5年間に2兆円を投資する計画や、全固体電池を2028年度までに実用化することが示されたばかりですが、まさにEVをめぐる応酬と言えます。
一方、これらに勝るとも劣らぬ話題となったのは、新年早々の1月4日、アメリカ・ラスベガスで開かれたCES=世界最大の家電IT見本市。ソニーがEV「VISION-S」を公開しました。今年(2022年)春には「ソニーモビリティ」という新会社も設立し、EV市場への参入を本格的に検討する考えを示しました。
共同通信によりますと、ソニーグループの吉田憲一郎会長兼社長は「EVをめぐる動きは早く、タイミングは重要」「人工知能やロボット技術を最大限活用し、モビリティの可能性をさらに追求する」と述べました。ソニーは2020年のCESでもEVを発表していましたが、EV市場への参入自体は否定していました。今回はより踏み込んだ形です。
今回の動きはさまざまな視点で論じることができそうです。まず、ソニーには既存の自動車メーカーに比べて優位に立つ点がいくつかあります。
1つは安全性能。ソニーはデジタル家電、エレクトロニクスなどで培った高い画像センサー技術、通信技術をもちます。それは安全性能だけでなく、次世代自動車のカギとなる自動運転、コネクテッドにも大きく寄与するものです。
もう1つはエンターテインメントへの展開。自動車そのものを主眼としている既存のメーカーと、ソニーの姿勢は一線を画します。音楽・映像ソフト部門を持つソニーとしては、この分野はお手のもの。センサー・通信技術によるハードウェアと合わせ、これまでにない車内空間が演出されるのか期待が集まります。
思えばパソコンの分野。ビジネスライクな仕様が当たり前だった時代に、ソニーはVAIOという商品で再参入しました。
VAIOは「Visual Audio Intelligent Organizer」の略称。その名の通り、AV機能を重視。また、外観も軽量・薄型にバイオレットカラーと呼ばれる薄紫色のデザインで「銀パソブーム」を巻き起こしました。
VAIOはいまソニーの手から離れていますが、パソコンの歴史に大きな足跡を残したことは間違いありません。ソニーが自動車分野でもこのように一世を風靡することができるのか注目されます。
こうした動きは、デジタルカメラの世界を彷彿とさせます。デジタルカメラが普及し始めたころはフィルムカメラ、フィルム、パソコン、家電、OA機器の各メーカーが参入し、群雄割拠の様相を呈していました。激しい競争に加えてスマートフォンの出現で、多くのメーカーは撤退。市場は一眼レフの分野で活路を見出している状況です。
伝統ある自動車業界ですが、第二の「デジタルカメラ」となるのでしょうか? 海外では巨大IT企業が自動車事業参入に向けて虎視眈々です。EVは「電気で走る自動車」なのか? あるいは「走る電化製品」になるのか? 主導権をめぐる議論は10年以上前からありますが、ソニーの参入検討で再燃しそうです。
一方、ソニーが持っていない技術、車体生産はどうなるのか……この辺りは既存の自動車メーカーに分があるわけですが、これについて、ソニーは2020年の試作車でマグナシュタイヤーという車体メーカーとタッグを組みました。今回も同様だと言われています。マグナシュタイヤーはトヨタのスポーツカー「スープラ」の生産でも知られています。
技術開発、生産、販売、サービス提供など一連の過程を1つの企業・グループですべて担う形態を「垂直統合型」と言います。これに対し、これらの過程を別々の企業・グループで得意分野を受け持つ形態を「水平分業型」と言います。自動車業界は概ね前者で、企業・グループ内できめ細かく調整を行う「すり合わせの技術」に強みがあると言われています。
一方、アップルのスマートフォン「iPhone」などは後者。設計・開発に特化し、工場を持たないため「ファブレス企業」とも呼ばれます。
自動車業界ではすでにバッテリーやキーデバイスを外部調達しているメーカーもあり、広い意味で垂直統合、水平分業両者の境界はあいまいになりつつありますが、ソニーの動きはクルマづくりを水平分業型に加速させることになるのか……そうなれば、自動車の産業構造が一変する可能性もあります。
1月27日に開かれた日本自動車工業会の記者会見でも、ソニーの動きについて発言がありました。
「いろいろな業界から新たなプレーヤーが加わるのはお互い切磋琢磨できる。活性化を含めて歓迎したい」(ホンダ・三部敏宏社長)
「本格的に自動車に参入されるのであれば、自工会に入られるのか、お待ちしている」(トヨタ・豊田社長)
歓迎する意向を示してはいますが、ベンチャーでないブランド力を持つ企業の参入は、脅威であることは否めないところでしょう。車間通信、自動運転、エンタメ、そして水平分業。競争か協調か、あるいは覇権争いか……自動車業界はさまざまな意味で大きな岐路に立たされていると言えます。(了)
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畑中秀哉(はたなか・ひでや)
■ニッポン放送 報道記者・ニュースデスク。
■1967年、岐阜県生まれ。早稲田大学卒業後、1990年にアナウンサーとしてニッポン放送に入社。
■1996年、報道部に異動。警視庁担当、都庁担当、番組ディレクターなどを経て、現在は主に科学技術、自動車、防災、経済・政治の分野を取材・解説。
■Podcast「ニッポン放送報道記者レポート2022」キャスター。
■気象予報士、防災士、くるまマイスター検定1級。