時間を意識しないと良いスピーチはできない
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フリーアナウンサーの柿崎元子による、メディアとコミュニケーションを中心とするコラム「メディアリテラシー」。今回は、「時間の概念」について---
時間を意識して話していますか?
「お送りしてきました『飯田浩司のOK! Cozy up!』。お相手は、飯田浩司と新行市佳でした。続いては『垣花正 あなたとハッピー!』です」
お馴染みニッポン放送が平日の朝6時から放送している生放送番組のラストの一言です。これは時間にして7~8秒です。秒刻みで話しながらまとめて次の番組に渡す、こうしたエンディングはラジオならではでしょう。
秒単位で物事が進む状態を、皆さんは意識したことがあるでしょうか? ウルトラマンが怪獣をやっつけるのに使った時間は3分。赤く点滅してからピコピコと音が変わるカラータイマーには、「あと何秒あるのか?」とドキドキさせられました。思えば「秒」を最初に意識したのは、あのころだったかも知れません。
「1分で自己紹介してください」「3分で挨拶してもらえませんか?」と言われたことはあると思います。そこで1分、あるいは3分ピッタリで話を終えることができる人は、どれだけいるでしょうか?
そもそも秒単位で話をしようと思わないのが普通です。何を言おうか考えながら話しているうちに、「何秒時間が過ぎたか?」なんて意識しませんよね。聞いている方も、「1分経ちました。終わりです」と言うこともありません。時間オーバーして責められることもあまりないでしょう。意識しているようで意識していないのが時間なのです。
CMは時間枠を買う概念
テレビの世界では、CMの基本的な単位は15秒です。CMを15秒で1本放送する約束で、その時間をテレビ局から買っています。
「もっと長い気がする」という方も多いでしょう。他にも30秒や1分の場合も確かにありますが、莫大な金額が必要になるため、1分を1単位にはしていません。「小分け」にした方がお金を集めやすいとも言えます。
さらにCMは、いつ放送するか、どの局が放送するかでも金額が大きく変わってきます。その目安は視聴率が関係しています。このように、放送では時間とお金が大きく結びついています。
1日24時間という限られた時間のなかで、いつ、どこで、何秒のCMを放送できるか。その枠にいくらお金をかけることができるか。企業のPR度合いが変わってくるというわけです。
一方、インターネットの世界は少し違います。PRしたければ時間に関係なく、かけたいだけかけることが可能です。時間枠を買う概念はないのです。
薄れる時間に関する感覚
インターネットの利用時間が年々増加しています。昨年(2021年)のスマートフォンの利用率は92.7%となりました(総務省情報通信政策研究所「令和2年度 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」より)。
多くの人が無制限にネットを利用する現代では、時間の感覚はどんどん薄れてきている気がします。先日、ウクライナのゼレンスキー大統領が日本の国会で演説しました。夕方18時から行われたため、ご覧になった方も多かったことでしょう。
大統領の演説はおよそ10分。このとき、日本では演説の前に細田衆議院議長が挨拶しました。私は驚きました。ここにも「時間」が念頭にない人たちが存在すると。
戦争のさなかに、いつ命が狙われるかわからない状況で、一国の大統領をお待たせするとは……信じられない光景でした。時間の観念がない人たちが、体裁や日本独自の儀式を重んじたのだと悲しくなりました。
果たして、ゼレンスキー大統領の演説は大変すばらしいものでした。印象深かった理由はすでに多くの方が分析されていましたが、1つには相手国の歴史に触れたという点がありました。
歴史に触れて想いを伝える
ゼレンスキー大統領が使った方法は、歴史に触れ、想いを伝えるものでした。各紙報道によりますと、例えばアメリカ連邦議会では真珠湾攻撃、ドイツではベルリンの壁、イスラエルではホロコーストなど、各国の誰もが認識している歴史が演説に盛り込まれました。日本においては唯一の被爆国であることを念頭に、核の脅威について話されました。
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『世界中の政治家が議論すべき大きな課題が、ロシアが核兵器を使用した場合、どう対応すべきかです。核兵器が使用されれば、世界のいかなる人の信頼も、いかなる国も、完全に破壊されてしまいます』
~ゼレンスキー・ウクライナ大統領演説文(仮訳) 衆議院ホームページより
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歴史とは、まさに時間の積み重ねです。国民の心情や経験が時間の経過ごとにまとまり、記憶に残すべく語り継がれていくのだと私は考えています。
価値ある歴史を限られた時間のなかで濃縮させる。ゼレンスキー大統領の演説は、そのようなものだったと認識しています。それぞれの国の大事な出来事を、秒単位で考えられた言葉に込める。何というテクニックでしょうか。
限られた時間が価値を生む
このような手法は、テレビやラジオの世界と似ています。つまり制限された時間のなかで、テーマに基づいた物語を語っているのです。テレビやラジオのコンテンツは、時間の設定に限りがあるために価値が生まれます。「もう終わり?」「もう少し!」「残念」と思うことが大切なのではないでしょうか。
ドラマもニュースも、時間が生む価値の上に存在しています。9回裏2アウトで野球中継が終了したら、文句はあるでしょうが、その試合の価値がワンランク上がったと思いませんか? 話をするときも同様です。限られた時間のなかで何を話すのか、それを最初に考えてみましょう。
話したいことを口に出してから時間内に収めるのではありません。逆の発想です。時間こそが話す内容に価値を生み出してくれるのです。そのことを、ゼレンスキー大統領の演説が思い出させてくれました。(了)
連載情報
柿崎元子のメディアリテラシー
1万人にインタビューした話し方のプロがコミュニケーションのポイントを発信
著者:柿崎元子フリーアナウンサー
テレビ東京、NHKでキャスターを務めたあと、通信社ブルームバーグで企業経営者を中心にのべ1万人にインタビューした実績を持つ。また30年のアナウンサーの経験から、人によって話し方の苦手意識にはある種の法則があることを発見し、伝え方に悩む人向けにパーソナルレッスンやコンサルティングを行なっている。ニッポン放送では週1のニュースデスクを担当。明治学院大学社会学部講師、東京工芸大学芸術学部講師。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修士
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