米「国家防衛戦略」に対し、日本側から懸念を提起する時期にきている

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国際政治学者で慶應義塾大学教授の神保謙が10月31日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。米国防総省が発表した「国家防衛戦略」について解説した。

米「国家防衛戦略」に対し、日本側から懸念を提起する時期にきている

共同宣言に署名するバイデン米大統領(左)とイスラエルのラピド首相(イスラエル・エルサレム) AFP=時事 写真提供:時事通信

アメリカ国防総省が安全保障政策の指針「国家防衛戦略」を発表

アメリカ国防総省は10月27日、安全保障政策の指針となる「国家防衛戦略」を発表した。軍備を増強する中国への対応を優先課題と位置付け、同盟国や友好国と連携し、外交・経済面も含めた抑止力の強化を急ぐ方針を示した。

中国を「最も包括的で深刻な挑戦」と捉える

飯田)中国への対応が優先課題とのことです。気になるところはいくつか見えてきましたか?

神保)大きく3つほどポイントがあります。ウクライナ侵攻がありながら、ロシアとそれまで本丸と言われてきた中国をどのように位置付けていくかが大きなポイントだったと思うのですけれども、今回の文書では一貫して中国を「最も包括的で深刻な挑戦」と捉えているということです。

飯田)中国を。

神保)この辺りは一貫して「アメリカが長期的に備えるべき脅威」を明確に見据えたものになっていると思います。

中国の「作戦遂行能力を完成形に持ち込まない」戦略を取らなくてはならないアメリカ ~米中の構図に変化

神保)アメリカ国防総省が掲げているコンセプトは「統合抑止力」なのですが、「それは何なのか」ということが言われてきました。

飯田)統合抑止力とは何か。

神保)その姿をいくつかの項目に応じて具体的に示しています。そのなかで少し気になったのは、特にこれを中国に当てはめるために、アメリカの軍事戦略としていわゆる「拒否」という概念を重視しているというのが、2番目に気付いたことです。

飯田)拒否という概念。

神保)かつては「抑止して最後には勝利する」という、「予防~抑止~勝利」のような形で位置づけられることはありました。しかし、今回のコンセプトは拒否する、つまり中国はもう強くなっていて作戦遂行能力を上げているのだけれども、その「作戦遂行能力を完成形に持ち込まない」というところを考えているのでしょう。かなり米中の構図が変わってきたことを示す概念だと思ったのが2番目です。

核体制とミサイル防衛 ~トランプ政権での見直しを修正できなかった

神保)3番目は、まさに核体制とミサイル防衛です。バイデン政権はおそらく発足当初はアメリカとロシアのSTART条約、戦略核削減条約の後継条約ですけれども、これを無条件延長するところから始めて、軍縮ムードに移りたかったのだと思います。

飯田)バイデン政権としては。

神保)ところがいろいろな事情、核をめぐる情勢が悪化していくなかで、多くの点で前政権との継続性を見出すことができるという辺りがポイントだったのだと思います。

飯田)ロシアは核による脅しをかけてきていますし、中国は中距離ミサイルなども含めて核戦力を増強しようとしているなかで、一時期、アメリカは「先制攻撃をしない」と宣言するのではないかと言われていました。

神保)オバマ政権が掲げた「核なき世界」を延長していく過程のなかで、アメリカの国家安全保障戦略における核兵器の役割をどれだけ提言できるかが、民主党の核軍縮派の大きな方向性だったわけです。

飯田)核軍縮の方向性だった。

神保)核兵器の役割は、抑止だということです。核で攻撃されたときにのみ使えるものとするためには、戦争遂行の延長として、「通常戦力の先にある核兵器の使用などは夢にも考えないでください」という方向性を打ち出したかったのです。

飯田)民主党としては。

神保)ところが、その方向性をロシアがエスカレーション抑止のなかで位置付けて、中国もいままで「我々は先制不使用だ」と言っていたわりに、なぜか中距離ミサイルは核・非核両用の仕様にしている。あるいは北朝鮮まで最近、核ドクトリンを出したのですけれども、戦術核兵器の第一撃使用を強く意識しています。どこまでできるかという技術的な問題はありますが、やはり強く意識した核体系になっているところをみると、アメリカが「ここでは使いません」という領域において先に使われてしまい、戦況が有利に展開されるという抑止ギャップが生まれてしまう。

飯田)抑止ギャップが生まれる。

神保)それを強く意識したのが、2018年にトランプ政権で行われた核態勢見直しです。バイデン政権は、本音ではこれを見直したかったのです。だから「悔しい」という表現がたくさん入っている。「我々は見直そうとしたのだけれども、そこに至れなかった」という悔しさを滲ませるパラグラフがたくさんあって、結局そこには至れなかったという現実に向き合っている文章だと思います。

米「国家防衛戦略」に対し、日本側から懸念を提起する時期にきている

North Korea launched the IRBM missile across the Japanese Island.(Photo by Seokyong Lee/Penta Press) Penta Press/共同通信イメージズ

「核の抑止ギャップ」を埋めるためにトランプ政権が提案 ~低出力核の使用によって「核の初期段階における抑止」を成立させる

飯田)その辺りは、ホワイトハウスないし民主党左派はやりたいけれども、国防総省などからすると「ちょっと待ってくれ。そんなことをすれば……」という議論があったかも知れない。

神保)戦略核の数も減らし、戦術核、いわゆるINFレンジと言われている「中距離核はもってのほか」というような発想の方々が多かったと思います。ところが現実を見ると、核体制はより緻密に組み上げていかなければならないし、アメリカだけの問題ではなく、同盟国に対する核の傘、拡大抑止の問題でもあったと思うのです。その点で言うと、具体的な今回の核体制見直しの決定で、同盟国から見るといくつか不安に思える要素があるということです。

飯田)そうなのですか。

神保)特にトランプ政権は「核の抑止ギャップ」を埋めるために、いくつかの具体的な提案を行いました。1つは低出力核について、キロトン数の少ないものを使うことによって、相手が最初に使った核に威嚇や脅しで戻すことにより、「核の初期段階における抑止」を成立させるためにつくる兵器があります。

飯田)ロシアが低出力の核を撃ってきた場合、アメリカが持っているのが弾道ミサイルの大きい核しかないと、やり返しが過剰になってしまうからバランスを取るということですか?

神保)そういうバランスが取れていないと、相手が「そんなものは使えないだろう」と、逆に使われてしまう可能性があるわけです。だから、そこを埋めていくような出力の核兵器が必要だと言われています。

低出力核である「核付き巡航ミサイル」がキャンセル ~地中貫通型核爆弾もキャンセル

神保)核兵器は出力だけでなく、飛ばす手段が大事なのですけれども、潜水艦発射型弾道ミサイル「トライデント」と、もう1つの方も潜水艦発射型なのですが、クルーズミサイルがあります。より短射程であり、ピンポイントで攻撃するというものです。

飯田)クルーズということは巡航ミサイルですか?

神保)そうです。そういうことが言われていて、核付き巡航ミサイルなのですけれども、今回これがキャンセルされてしまいました。

飯田)開発していたのですね。

神保)B83という地中貫通型核爆弾も、左派の皆さんには評判が悪かったのですが、これもキャンセルされたということです。具体的に言うと、北東アジアに核の傘を当てはめるときには遠くから撃つのではなく、より前進配備した場所からカスタマイズした核兵器がキャンセルされたという意味があるのだと思います。

前進配備した場所からカスタマイズした核兵器がキャンセル ~日本側から懸念を提起する時期にきている

飯田)より前進配備した場所からカスタマイズした核兵器がキャンセルされた。

神保)アメリカはまだ爆撃機があるではないか、などと思うのですけれども、中国も拒否区域、A2/AD区域のなかをB52のようなものが2500キロくらいまで飛んでいけるのかなど、いろいろ核の撃ち方も多重化していかないと、核の傘がうまく機能しない時代に入っていくのだと思います。そのなかで「よくもキャンセルしてくれたな」と私自身は思っているところもあります。こういうことに対して、日本側から懸念を提起していく時期なのだと思います。

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