
9月15日は「敬老の日」です。今週、番組では「最近買ったもの」をテーマにメールをいただいていますが、年齢を重ねると、「買い物」に出かけるのもひと苦労という方も少なくありません。今回は、高齢の方に「買い物の楽しみ」を思い出してもらう事業を始めた男性のお話です。

狛江市社会福祉協議会の大山寛人さん
それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
東京・新宿から小田急線の電車でおよそ20分。全国で2番目に小さい市として知られるのが、東京・狛江市です。市の面積は6.39平方キロメートルで、お隣・世田谷区のおよそ9分の1。元気な方なら、市内を歩いて一周出来るほどのコンパクトな街です。
その狛江で、今年から「おたのしみスローショッピング」という取り組みが始まりました。高齢の方の買い物支援事業の一つで、一人で移動することが難しいお年寄りを車でショッピングセンターへ送迎して、およそ2時間、買い物を楽しんでもらいます。すでに2回行われていて、地域のお年寄りからは、好評を博しているといいます。
発案したのは、狛江市社会福祉協議会の大山寛人さん。中野区ご出身の52歳で、若い頃は空手で体を鍛えていました。大山さんは、寝たきりのお祖母さまを介護するお母さまの姿を見て育ちます。学生時代には、福祉のボランティアを体験したことで、この道を志すようになりました。

狛江市社会福祉協議会の大山寛人さん
「まだ介護保険制度が始まる前で、今のデイサービスのようなものをやっていたんです。空手の経験があったおかげで、『いい声が出るね!』とお年寄りに褒めてもらったり、瓦割りをやると喜ばれて、割った瓦に私のサインをお願いされたこともありました」
福祉の現場に「楽しさ」を感じるようになった大山さんは、会社勤めを経て、ご縁のあった狛江市の社会福祉協議会で働くようになります。以来30年近く、デイサービスやヘルパーさん、ケアプラン作成などの現場に携わる一方、事務方の仕事も含め、あらゆる福祉の仕事を経験する中で感じたことがありました。
『介護保険制度は整って、社会福祉協議会の仕事も専門性が高まっている。でも、もっと、地域の方のために出来ることがあるのではないだろうか?』
そんな時、市民の皆さんが行ったある調査結果に、大山さんはハッとさせられました。
大山さんが注目したのは、高齢の方の「買い物」に関する調査。狛江市の北部にお住まいの皆さんのなかには、最寄りの鉄道駅へ行くのに、歩いて15分から20分以上かかる人たちがいるといいます。そして、ゆったりと買い物が出来る商業施設も、市内にはありませんでした。
もちろん、ご高齢の方が「買い物難民」と化している現状は、全国共通の課題です。すでに買い物支援を行っている自治体も少なくありませんが、時間が短かったり、売り場を回る順番が決められていたり、一般のお客さんとは動線が分けられるなど、スタッフも商業施設にとっても、負担が大きいものとなっていました。

おたのしみスローショッピングの様子(画像提供:狛江市社会福祉協議会)
『若かったあの頃と同じように、もっと自由に、楽しんで買い物をしてほしい!』
そう思った大山さんは、狛江ならではの、新しい買い物支援を提案することにします。対象は、歩くのに時間がかかったり、軽い認知症で一人では移動するのが難しい方。「楽しさは買い物の醍醐味」と位置づけ、外出機会による心と体の健康維持、いわゆる「フレイル予防」を目的に加えました。
買い物の仕方も工夫しました。定員は5名に抑え、お年寄り一人に一人ずつボランティアの方に付き添ってもらって安全を確保しながら、およそ2時間と、長めに買い物の時間をとりました。フードコートでのんびり休んで、お茶を楽しめる時間も考慮したというわけです。
そして、関係各所の協力も取り付けて、ついに今年5月、「おたのしみスローショッピング」と名付けられた、狛江市の取り組みが始まります。さっそくスーパーには、お年寄りとボランティアの方の明るい声と笑顔があふれました。
「宅配サービスはあるけど、今日は自分で商品を見て、選べたことが嬉しかったの!」「思わず新しいカバン買っちゃった!今度、デイサービスに行くときに持っていくわ!」

おたのしみスローショッピングの様子(画像提供:狛江市社会福祉協議会)
若い頃は当たり前のようにできていたことを、今改めてできたことへのご高齢の方の喜びの声に、協力する皆さんも力が入ります。ある企業からは、参加者の集合場所に、会社の敷地を使ってほしいと申し出があり、協力する大手スーパーマーケットは、売り場のイラストマップも作ってくれました。そんなあたたかい気持ちが広まるなか、大山さんはさらにその先を見据えています。
「私たち社会福祉協議会は、制度と制度のスキマ産業だと思っています。買い物支援に限らず、もっと世の中にあったらいいなと思うことを考えていきたいです」
年齢を重ねても、一人一人が愉快な毎日を送ることが出来るように、大山さんたちの新しい取り組みは、まだ始まったところです。