それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
上柳昌彦あさぼらけ 『あけの語りびと』
きょうから3月……、受験も終わって、卒業シーズン、人間にとっては別れと旅立ちの季節です。
同じように冬鳥たちも「北帰行」の時期。
広島市内のふとん屋さんの次男、藤井幹(たかし)さん47歳の人生は、そんな白鳥や鴨たちが、北へ北へと飛び立った後に落ちている一枚の羽根で変わりました。
藤井さんは子供の頃、ファーブル昆虫記を読んで、そういう学者になりたいと思いました。
「小学3年生の頃、父が大事にしていたカメラを貸してくれたんです。それも200ミリの望遠レンズがついた一眼レフカメラ……。近所の庭に集まっていた鳥を撮ったら、『ルリビタキ』という青い小鳥が写っていました。虫から鳥に、興味が移ったのは、その時でした。」
受験では地元の広島大学を受けますが不合格。一浪してもまた不合格。
「これから、どうしよう」と落ち込んでいると、父親から「好きなことをやってみたらどうだ」と明るく言われます。
そこで、鳥の勉強をしたいと思っていた藤井さんは、京都にある「日本動物植物専門学院」に入学します。
そんなある日のこと、京都市内の林を散策していると一枚の羽根を拾います。
鳥が専門の先生に「何の鳥の羽根ですか?」と質問しても、「私は羽根の専門じゃないから」と首をかしげるばかり。
だったら、自分で調べてみようと、本を探しますが、専門書がない。
羽根の識別をやっている専門家もいません。
それなら自分で調べてみよう、と19歳から羽根を拾い始めます。
同級生と共に、アフリカに動物の生態を観察する研究旅行に出かけた時のこと。
早朝、アフリカの大地にでっかい太陽が昇るのを待って、サバンナに張ったテントから抜け出した藤井さんは、目当ての羽根を探しに出かけます。
すると、「何してるんだ!ライオンに食われたいのか!」後ろから、ケニア人のガイドに、怒鳴りつけられました。
いま思うと、ゾッとする思い出です。
専門学校は2年間。
卒業論文『羽毛の識別法〜識別図鑑作成の試み〜』を書き上げると、すぐに就職活動です。求人票を見ていると、公益財団法人「日本鳥類保護連盟」に目が止まります。
東京で面接を受け、届いた通知は「採用」。
「やった!」
すぐに実家に連絡すると、父親が「よかったな!」と喜んでくれました。
現在、藤井さんは、調査研究室の室長として渡り鳥の生態を調査しています。
数千キロを移動するので、海外へ行く機会も多く、その合間に世界中の羽根を集めることができ、一石二鳥の職場です。
鳥は、9,000種ほどいるといわれています。
藤井さんがいままで集めた羽根は、およそ2,000種。
鳥の羽根は、飛ぶためだけではなく、保温や防水、また、自分を表現するためのディスプレーなど、調べれば調べるほど、面白い世界が羽根の中に隠れています。
一昨年の秋、そのコレクションの中から、とびきり珍しい羽根を選んで、写真集『世界の美しき鳥の羽根』を誠文堂新光社から出版しました。
アフリカ、アジア、アメリカ、南米、オーストラリア、そして日本など、135種類、世界の鳥の羽根を集めた写真集は、世界で初めてこの春、理化学研究所の『科学道(どう)100冊』にも選ばれました。
藤井さんは、振り返ります。
「目指す大学に落ちて、専門学校を出たとき学歴で少し悔しい思いをしました。でも、大学に進んでいたら、いまの自分は、なかったと思うんです。」
鳥の羽根と出会い、鳥に関わる仕事ができるのも、父親が貸してくれたカメラで撮ったあの鳥と、(好きなことをやってみたらどうだ)の一言……、
「その父も、3年前に亡くなりました。写真集を見せられなかったのが、心残りです。」
2017年3月1日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より
朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ
番組情報
眠い朝、辛い朝、元気な朝、、、、それぞれの気持ちをもって朝を迎える皆さん一人一人に その日一日を10%前向きになってもらえるように心がけているトークラジオ