今年のノーベル物理学賞は日本にとっても「朗報」だった

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【報道部畑中デスクの独り言】

梶田隆章

ノーベル物理学賞受賞者・梶田隆章所長

今年もノーベル賞各賞が決まりました。文学賞は日系イギリス人のカズオ・イシグロさんが選ばれ、日本出身の作家としては川端康成、大江健三郎両氏に続く3人目となりました。一方、自然科学系(医学・生理学、物理学、化学)の3賞は日本人の授賞はなりませんでしたが、日本にとってうれしい授賞だったのが物理学賞の「重力波」の研究だったのではないかと思います。

東京・文京区の東京大学では、発表の日の夜、ノーベル物理学賞を受賞した東大宇宙線研究所の梶田隆章所長ら関係者が記者会見しました。岐阜県飛騨市の地下には重力波を観測する望遠鏡「かぐら」があります。来年後半には本格観測が始まると伝えられており、梶田所長らが観測を目指しています。

梶田所長は「非常に興奮している。(重力波という)大切な分野の研究を「かぐら」という望遠鏡で今後発展させていきたい。(今回の授賞は)私たちにとっても力を与えてくれるものだ」と話しました。日本にも活躍の出番はいずれやってきそうです。

実はこの日、「重力波」の授賞が有力と伝えられ、私は東大の会見場に念のため待機していました。結果は「ビンゴ」!「興奮している」と話す梶田先生の表情もいささか上気していたように見えました。梶田先生で驚いたのが質問に対する回答。ほとんど1分前後にキッチリ収めていました。「時空を扱う人は時間にも正確なのか…」そんなことを感じました。

今回の授賞者はキップ・ソーン、レイナー・ワイス、バリー・バリッシュの3氏、重力波を初めて観測したアメリカ人研究者です。思えば昨年2016年の2月、「重力波」の直接観測に成功したというニュースが世界を賑わしました。アメリカの大学などが参加する「LIGO」という国際実験チームが記者会見で「We did it!」と一言。大きな拍手がわいたことを覚えています。

東大 記者会見

東大の記者会見場①

この「重力波」…非常に奥が深いものですが、浅薄な私の理解では…一言で言えば、物体が激しく動くと、周囲の時空=時間の流れや空間がゆがんで、波のように伝わる現象とされています。

実のこの重力波は私たちが腕をぐるぐる回しても発生するということです。ただそれはあまりにわずかで、しかも光と違って目には見えません。ブラックホールのような非常に重い物体が動いたり、ぶつかったり、星が爆発したりしてようやく観測できるという代物です。しかもそれは13億年が経ってようやく地球に届きました。そのゆがみの量は地球と太陽の距離に対して、わずか水素原子一個分、ケタにすると両者はほぼ20ケタ違います。ちなみに1万は5ケタ、1億は9ケタ、1兆は13ケタ、1京は17ケタ…よって20ケタは1000京となります。

そしてその「ブラックホールのような重い物体」の重さとはどれぐらいのものなのか…LIGOによると、観測された重力波は2つのブラックホールが光の半分の速さ(真空中で秒速約15万km)で衝突し、合体した時にできたものだということです。その時、太陽3個分のエネルギーが出て、それが重力波になって広がりました。そのブラックホールの質量は太陽の36倍と29倍…地球に例えると何と1000万倍近くになるそうです。いかに大きく重いものか、おわかりいただけると思います。そして、そんなとてつもない動きがないと、重力波を捉えることはできない…人間の英知を結集し、極めて精度の高い装置を使い、このわずかな動きを捉える…これがいかに難しく、捉えられたことがすごいことだったかということです。「アインシュタインが残した最後の宿題」と言われ、相対性理論では提唱されていた重力波が100年の歳月を経て確認された…ノーベル賞は確実と言われていましたが、観測からわずか2年の「スピード授賞」となりました。

東大 記者会見

東大の記者会見場②

重力波はブラックホールが動いたり、星が爆発したりするようなとてつもない大きな動きがないと人間には捉えられない…ということは、逆に言うとその重力波が捉えられれば、ブラックホールのような目に見えないものがどういう構造になっているのか、星が爆発したころの状況を知ることができるのではないか…宇宙の成り立ち、歴史を解明する手がかりになるというわけです。

こうしたニュースが流れると、よく言われるのが「これがどんな役に立つのか?」という疑問ですが、私はこう思います。「宇宙科学というのは考古学のようなもの」…例えば昔の遺跡が発見されて「歴史を塗り替える大ニュース」と報じられた時に「生活に役に立つのか」なんていう疑問は湧くでしょうか。「生活につながる」という視点、もちろん大事です。でも「宇宙科学は果てしない時間軸を持った考古学の一種である。そしてそれが未来にもつながっていくのだ。“考現学”でもあり“考新学”とも言えるもの」…こんな視点でも我々は伝えるべきだと思います。

会見でも記者から同様の質問がありましたが、同席していたアメリカ研究チームのメンバー、キップ・キャノン准教授が素敵な回答をしていました。「『マンガや映画は日常生活にどう役に立つのか?』と聞かれたらどう答える?マンガを読んでもお腹いっぱいになるわけではない。その代わりに『心が満たされる』。知識欲もそういう意味では『心を満たす』ということだ。私たちは重力波を通して人生を豊かにするようなそういう欲求を満たしているのだ」…。

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