最初は庭で! 50頭近い盲導犬を出産した母犬の繁殖ボランティアの秘話

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【ペットと一緒に vol.121】

最初は庭で! 50頭近い盲導犬を出産した母犬の繁殖ボランティアの秘話
今回は前回の「盲導犬候補生との出会いと別れ」で紹介した松本さん夫妻の、繁殖奉仕の13年間のストーリーをお届けします。


気づかぬうちに子犬を出産!?

松本裕さんと明子さん夫妻のもとに、アイメイト協会から2歳のクリスタルちゃんがやって来たのは、盲導犬候補生の子犬の飼育奉仕を2回行ったあとのことでした。

「目の不自由な親戚が18歳になって一緒に暮らし始めた盲導犬が、とても穏やかで愛らしいのを見て来ました。そんな盲導犬たちのお母さんになる犬を預かるのですから、責任感も喜びも大きかったですね」と、裕さん。

「ただ、繁殖奉仕の経験は初めてなので、上手に母犬の助産や育児のサポートをしてあげられるかどうかは少し不安だったかな」と、明子さんは振り返ります。

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クリスタルちゃんとその子犬たち

クリスタルちゃんは、ふだんはペットと同じような生活を送っていて、発情期が訪れると盲導犬の父親犬とともに、協会に1週間ほど預けるのだとか。

犬の妊娠期間は、約9週間。
「出産が近くなると、母犬は頻繁に排泄をするようになるんです。いよいよクリスタルにお産の兆候が訪れた日、『はい、またトイレね。お庭に出てしておいで』と、初めての助産にドキドキしながら気遣っていたんですが、数度目になかなか室内に戻って来ないので見てみたら、縁台の下の土を一生懸命に掘っていて。『お部屋のなかに毛布を敷いて準備してあるから、はやく戻っておいで~』と声をかけたら、なんと、クリスタルの足元に黒っぽい物体が転がっていたんですよ」

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こちらがウワサの縁台 子犬の日向ぼっこスペースとしても大活躍

犬は洞穴のような安全で目立たない場所で出産をしたいという本能があります。クリスタルちゃんはその本能から、縁台の下の薄暗い場所で1頭目を出産してしまったのでしょう。

「それはもう、びっくり! あわてて赤ちゃんを拾い上げに行きました。初産なのにクリスタルはちゃんとへその緒を噛み切っていて感心しました」と語る明子さんは、室内に用意した出産スペースを、ダンボールで覆って急いで洞穴風にアレンジしなおしたとも。

おかげでその後は、最後の1頭まで順調に出産が進み、クリスタルちゃんの有能な母親ぶりのおかげで、赤ちゃんをきれいに拭く程度の助産で済んだそうです。

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生後2日目の赤ちゃん


レトリーバーなのに水には興味なし

松本さんはクリスタルちゃんと一緒に家族旅行も楽しみました。
「スキー場での雪遊びが好きだったみたい。子どもたちがスキーをしている間、私たちはクリスタルと雪遊びに興じていましたね」(明子さん)

レトリーバーは、ハンターが撃ち落とした水鳥を、泳いで回収しに行くために改良された犬種。そのため、散歩中に池などに飛び込んでしまうレトリーバーも多いと聞きます。
「でも、海水浴にも連れて行きましたが、クリスタルはあまり泳ぎませんでした。水にはそれほど興味がない、珍しいタイプのレトリーバーかもしれませんね」と、裕さんは笑います。

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黒ラブ、チョコラブ、イエローラブと、3色そろって

クリスタルちゃんのお気に入りの場所は、毎年訪れる箱根の別荘だったそうです。
「しばしばイノシシが庭に出入りするんです。だから箱根に到着するやいなや、クリスタルはいつも庭に出てクンクンとイノシシのにおいを追っていましたね。大自然のなかで、おいしい空気を吸いながら笑顔で走り回っているクリスタルの姿を見ると、私たちもうれしい気持ちになりました」

そのような生活を送りながら、クリスタルちゃんは毎年、お母さん犬としても活躍を続けました。
「レトリーバーは安産な犬種と言われていて、ほとんどが獣医さんの助けを借りずに出産できます。時間をそれほど置かずに何頭も産まれたり、1~2時間してから次の子犬が出て来たり。ところが1度、まだお腹に胎児が残っているはずなのに、数時間待っても生まれて来なくて……。獣医さんに連絡をして、陣痛促進剤を打ってもらって出産したこともあります」

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そっくりな9頭の子犬は、首のリボンの色で見分けます

生まれた子犬は、生後2カ月になると協会に戻り、そこから飼育奉仕をする家庭へと1頭ずつ旅立って行くのだとか。かつて松本さんも経験していた飼育奉仕は、盲導犬候補生が1歳2カ月前後になるまで預かります。


クリスタルちゃんの元気の源は、箱根

クリスタルちゃんは、全部で50頭近い子犬を産みました。そのほとんどが、盲導犬として活躍しているそうです。

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庭での食事タイム この子犬のほとんどが盲導犬になりました

「盲導犬と暮らす方々は、かけがえのない家族の一員として、盲導犬に愛情を注いでいます。ハーネス装着時は仕事モードがオンになりますが、ハーネスをはずせばオフになって、ふつうのペットみたいに人に甘えたりするんですよ。盲導犬の使用者やその家族と、ソファやベッドでゆっくりくつろいだり、楽しく遊んだりもします」と、裕さんは言います。

どの犬種も、人間の仕事を手伝うパートナーとしてもともとは作出され、自分の能力を生かせる仕事を喜んで行って来ました。現代の犬たちは、作業意欲が満たせないというストレスを抱えやすいとも言われています。毎日大好きなパートナーとオンタイムで仕事ができる盲導犬の毎日は、とても充実しているのではないでしょうか。

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成長してもクリスタル母さんに甘えています

「そして、盲導犬の心身のケアを使用者の方々は決して怠りません。目が見えなくても、ハーネスをとおして伝わって来る盲導犬の動きがいつもと違えばすぐに気づき、動物病院に連れて行きます。きっとそれもあるのでしょう。盲導犬は家庭犬のレトリーバーより寿命が長いという調査報告もあるんですよ」と、明子さん。

実際に、松本家で飼育奉仕されたのちに盲導犬となり、盲導犬引退後に松本家に戻って来たレナードくんは15歳まで生きました。ラブラドール・レトリーバーの平均寿命は12~13歳と言われているので、15歳は長生きです。

クリスタルちゃんは、繁殖犬として引退後はレナードくんと仲良く過ごし、16歳まであと1週間という長寿をまっとうしました。
「晩年は足を引きずるほど衰えていたのですが、箱根に連れて行ったら地面のにおいをくんくん嗅いで、一気に活動的になりました。クリスタルにとっては箱根が、元気の源だったのかもしれませんね」と、松本さん夫妻は箱根での写真を眺めながらなつかしそうに微笑んでいました。

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いつまでも眺めていたくなる愛らしい寝顔

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著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。

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