やなせたかしに見出された絵本作家・葉祥明の世界を象る美術館
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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
今年(2019年)の夏は、仕事や用事でもなければ家から1歩も出たくない、そういう日が多かったですね。家から出たら出たで、デパートやショッピングモール、映画館やパチンコなど、冷房がギンギンに効いた所へ避難したいという方が少なくなかったはずです。
さて、そんなときに便利なのが美術館です。美術館は冷房が効いていて音も静か、空気もきれい、素晴らしい環境。そこで今回は、とっておきの美術館をご紹介しましょう。とは言っても、簡単に行ける場所では無いんですけどね。
その美術館のあるところは、九州は熊本の阿蘇なんです。
『葉祥明阿蘇高原絵本美術館』は、阿蘇長陽村の美しい丘の上にたたずむ小さな美術館です。 絵本作家で詩人の葉祥明(ようしょうめい)さんは、1946年の七夕の日、熊本市に生まれました。18歳まで熊本市で育ち、東京の大学に進学します。
在学中に絵本作家、谷内こうたさんの作品に惹かれ、絵本の制作を始めます。その後はアンパンマンの作者である、やなせたかしさんに見出され、「メルヘン作家」として活躍。サンリオ製品の他、タオルや洋食器など生活用品にも多くのイラストが採用され、美しい情景の風景画が人気を博しています。
さて、この美術館の館長を務めるのは、葉祥明さんの弟・葉山祥鼎(しょうてい)さん。開館は17年前。当時の旧長陽村の村長さんが、自然が乱開発される阿蘇のことを心配して、その景観を生かした美術館の建設を葉さん兄弟に依頼したのがきっかけでした。
「好きなように使ってください」と任された2万坪の広大な原野。「ここに、兄の絵本の世界を創りたい」…弟の葉山さんは、開拓者のような気持ちで小高い丘を見つめたと言います。
葉さん兄弟は幼いころから、父親に連れられて阿蘇を訪れたと言います。
「腰が悪かった父は、ゴルフで腰痛を治療したいと思っていたようです。だから僕たちは1日中、草原でコロコロしたり、トンボを追いかけたりして過ごしました。そのときの体験が兄・葉祥明の絵の原風景になっていると思うんです」と、葉山さんは語ります。
葉山さんも絵を描いていましたが、「兄と同じことをしても仕方がない」と写真家の道へ。そのかたわら、美術館の庭のバジルの花に飛んで来る青いミツバチ=ルリモンハナバチをモデルにした「ブルービー」というキャラクターを考案。写真集、童話など20冊ほどの本を刊行して人気を博しています。
「珍しい虫を見つけると癒されて、幸せになれるんです」と笑う葉山さん。30年前、手つかずの2万坪の原野に向かって誓ったと言います。「ここに兄の絵を飾る美術館を作ろう。その周りにメルヘンの世界を創ろう」
最初の仕事は、生い茂る茅のやぶの伐採でした。なだらかな丘の形状が見えて来たところで、そこに登る小道を作りました。春・夏の緑だけでなく、秋も楽しめるようにカエデやイチョウの木も600本ほど植えました。誰もが「きれい~」と息をのむ風景ができるまで、17年かかったと言います。
「仕事としてやれと言われたら、できなかったでしょうね。私自身が癒され、楽しみながらやって来たからできたんです」
こう振り返る葉山さんが考案した最大の仕掛けは、美術館のなかから始まります。壁に並ぶ絵を見て行くと、『絵本の小道入口』と書かれた白いドアに出会います。「おや?」と、そのドアを開くと、なだらかな芝生の坂道が続いています。
それを登り切ったところに、ポツンと立つのは白い花を咲かせるコブシの大木。コブシの下には白いベンチ。そこに座って雄大な阿蘇の自然を眺めていると、あらゆる縛りから解放されて、自分も作品の一部になれる…。
このベンチに座ってみたいと、全国から来館者がやって来ます。先日やって来たという北海道の青年は、メンタルが疲れ切っていたようで、「どんな病院のどんな薬でも治らなかったんです」と話して、号泣したと言います。
阿蘇の雄大な風景とメルヘンの世界には、不思議な力が宿っているようです。
上柳昌彦 あさぼらけ
FM93AM1242ニッポン放送 月曜 5:00-6:00 火-金 4:30-6:00
朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ
番組情報
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