【ペットと一緒に vol.163】by 臼井京音
愛犬を失ってペットロスに陥った榎添恵子さんを救ったのは、羊毛フェルトで愛犬を作る作業でした。今回は、ブリーダーの劣悪な環境から多くの犬を直接救い出し、現在は羊毛フェルト教室ウールーシュシュを主宰する榎添さんの、愛犬と愛猫とのストーリーを紹介します。
亡き愛犬を羊毛フェルトで再現するとペットロスが癒えた
羊毛フェルト作家である榎添恵子さんの初めての作品は、亡くなって間もない愛犬のチワワだったそうです。14年前、自宅から出られないほどひどいペットロスに陥っていた榎添さんは、ふとしたことから羊毛フェルト教室の存在を知り、参加してみたのだとか。
「愛犬ゲンタの写真を見ながら、フェルト用の針をチクチクと羊毛に刺して行きました。ゲンタはどんな耳の形をしていたかなぁ、晩年はどういう毛色のグラデーションになっていたかなぁ……などと振り返りながら。すると、ゲンタの姿を羊毛フェルトで再現するうちに、だんだんと心が癒されて行ったんです。そして、作品が完成したときには、私の心のなかも何かひとつ完結したように感じました」(榎添さん)。
自身の経験をもとに、同じようにペットロスに苦しむ人を、羊毛フェルト作品をともに作ることで癒せるようになりたいと思った榎添さんは、学びを深めて“羊毛フェルト教室”の講師になりました。
劣悪環境下の繁殖屋から犬を保護
小学生時代からともに過ごした初代の愛犬もチワワで、チワワが大好きという榎添さんですが、現在の愛犬はポメラニアンが6頭、チワワ1頭、猫2匹。
「愛犬と愛猫はすべて、ブリーダー崩壊現場からレスキューしました。いまから約13年前のことです。当時、出産ができない年齢になった犬を保健所(動物愛護センターなどの行政施設)に連れて行く繁殖者がいると知り、その犬舎にいる犬たちを何とか助けたいと思いました」と、榎添さんは振り返ります。
現在は動物愛護管理法の改正により、自治体は犬や猫の繁殖業者や販売業者から動物を引き受けられなくなりましたが、榎添さんが保護活動を行っていた当時は、ペット関連業者から行政施設に持ち込まれた動物の多くは殺処分になっていました。
「鳴き声がうるさいからと声帯も切られ、まったく幸せそうに見えない繁殖犬たち。そのまま殺処分にさせたくないと願い、何度も繁殖者のもとに足を運んで多くの犬を譲り受けました」(榎添さん)。
一時預かりをして健康状態を改善させたのち、新しい家族を見つけて榎添さんのもとから旅立って行った犬も少なくありません。
けれども、後肢が不自由なレオくん、体が小さすぎるランちゃん、後肢の手術をしたプリンちゃん、繁殖のために酷使された老犬など、新しい飼い主さんを探しづらかった犬たちは榎添家の一員になりました。
引き取った猫が、犬と支えあう仲に
榎添さんに多くの犬を譲り渡した繁殖者は、犬をやめて猫の繁殖をするようになったそうです。
「ところが、猫の繁殖にも行き詰まり、廃業することになったんです。約30匹のアメリカンショートヘアーを行政施設などに持ち込む予定だと聞き、見過ごせなくて保護しました」(榎添さん)。
知人の獣医師を経由するなど手を尽くし、すべての猫の新しい家族を見つけた榎添さんですが、最後に残った1匹だけ愛猫にすることにしたと言います。
紅一点ならぬ猫一点とでも言うべき存在になった、猫のあずきちゃん。同じ繁殖者のもとで生活した経験があるからか、すぐに先住の犬たちと仲良くなったそうです。
「さらには、晩年の愛犬にずっと寄り添ってくれるという行動を見せて、私たち夫婦を驚かせました。フェルト教室で忙しくしている私に代わって、老犬にあたたかいスキンシップと安心感を与えてくれているかのようです」。
20年前に拾った犬がいたからこそ
老齢の愛犬が増えたこともあり、榎添さんはしばらく犬や猫を引き取らず、老犬の世話に専念したいと考えていると言います。
「救いたいという強い思いだけで保護犬とは関われないと、実は20年ほど前に学んだから」だと語る榎添さんが最初に保護した犬は、街中をひどい健康状態でさすらっていた雑種だったとか。家族に迎え入れ、ラッキーくんと名付けたその雑種犬の健康を取り戻させるために、榎添さんはかなりの時間と労力を注いだそうです。
「晩年は痴ほう症になってオムツ生活でしたが、一緒に過ごした日々はかけがえがないものです。でも、安易に動物を保護すればよいわけでもないという厳しさを、私に教えてくれたコでもあるのも事実です」。
自身ではこれ以上の保護犬や保護猫を迎えられないかわりに、榎添さんは羊毛フェルト教室で得た利益を、動物の愛護団体に定期的に寄付しています。
「20年前に偶然ラッキーに出会ったことや、ゲンタが旅立ってペットロスに陥ったことが、現在の私へと導いてくれました。羊毛フェルト教室を受講する約7割の方が、失ったペットを作られます。つい先日も『うわ~! そっくりなコができた』と、うれし泣きをされている方を見て、私も同席者ももらい泣きをしてしまったばかり。ペットロスから立ち直られて次第に笑顔になられる方を、身近で見守ることができて本当にうれしく、やりがいを感じています」。
そう語る榎添さんが初心を貫きながら、現在も新しいスタイルで保護活動を続けられているのは、空の上からのラッキーくんやゲンタくんたちの応援があるからかもしれません。
連載情報
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著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。