「玉櫻酒造」~燗酒のおいしさを味わう酒造りとは
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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
私がこよなく愛する演歌、八代亜紀さんの『舟唄』。年の暮れには必ず担当している番組のなかで、おかけしている名曲です。
この歌の歌い出しを、「♪お酒はぬるめの燗でいい」と歌う人がいますが、これは間違い! 作詞の阿久悠さんは「燗でいい」という妥協的ニュアンスを一切省いて、「燗『が』いい」と言い切っているんです。
よく、ぬるめ=人肌の温度に例えられますが、温めた酒を飲みたい! 人にはそんな夜がある。阿久悠さんはここを強調しているのでしょう。
「うちの生酛づくりの純米酒はぜひ、お燗をして飲んでほしいんです」
こうおっしゃるのは、島根県邑南町原村の蔵元「玉櫻酒造」の5代目、櫻尾尚平さん・38歳。弟の圭司さんと一緒に酒造りを受け継いでいます。
2人ともバスケットボールをしていたそうで、兄弟はそろって身長183cm。ノッポの杜氏さんです。「それは関係ないでしょう!」と笑う尚平さん。
燗酒というのは、ともすると甘ったるい、ベタつく、頭が痛くなる…そんな誤ったイメージを引きずる方がいらっしゃいます。それは終戦後、少しの米にアルコールをドバドバ加えて、砂糖とみりんなどで味を調えていた粗雑な酒のお話。
「玉櫻酒造」の生酛づくりの純米酒は、そんな酒とは無縁です。その酒造りは、米づくりから始まります。「玉櫻酒造」は地元の農家と酒米委員会を結成して、情報を交換しながら高品質の酒米造りに取り組んでいます。
仕込みの水は、酒蔵の敷地内の井戸水を使用。白い琺瑯(ほうろう)タンクに汲み上げた水は、なかに含まれる少量のミネラル分のため、淡い水色に見えます。このミネラル分が、醪(もろみ)の発酵を助けてくれます。原酒の割り水にも、この井戸水を使います。
「玉櫻酒造」がある島根県邑南町原村には、最寄り駅がありません。いちばん近くの高速バスの停留所からも、車で20分はかかると言います。こんな自然豊かな山里だからこそ守られて来た酒米づくりの農法、井戸の水、そして生酛づくりのワザ!
呑兵衛の方には「釈迦に説法」かも知れませんが、この生酛づくりについて、尚平さんにうかがってみました。
「玉櫻酒造は、平成30年度から純米酒だけを造っています。純米酒は、原料の酒米や仕込み方の違いで造り分けます。酛(もと)の取り方は、速醸と生酛の2種類。乳酸を人工的に入れる速醸は、わかりやすいスッキリした味の酒になります。ですから、速醸のほうが好みという方もいらっしゃいます。
それに対し、蔵のなかに棲みついている乳酸の自然な働きで作られる生酛は、江戸時代に完成された冒険的な酒造りで、複雑な味わいを楽しめます。教科書通りではないところが、とっても面白いんですよね」
労力も時間もかかる生酛づくりの酒を尚平さんが手がけたのは、蔵に入って5年目だった平成20年秋。ご自身が生酛の燗酒を飲んだときの「ほっとする感じ」と、「体に優しい自然な酔い方」に「いいなぁ」と惚れ込み、自分でも挑戦してみることにしたと言います。尚平さんは続けます。
「燗酒は、どんな料理でもおいしくします。ゆっくりと楽しめるし、酔いの質がいいと言うんですかね。体がとても楽なんです。日本酒は受け皿が大きく、ワインのように料理との相性を問いません。お酒を口に含むと何か食べたくなる、何か食べるとお酒が欲しくなる。玉櫻と料理は、そんな関係にありたいと思っています」
生酛づくりの純米酒は、原料の酒米によって3種類に分かれます。「五百万石」は、かなり酸味が尖っていて、赤身肉などと合わせるといい感じ。「改良雄町」は味に幅があり、レバーペーストなどで飲むと最高です。
「山田錦」はバランスがよく丸みもあって、オールマイティな酒。生酛づくりは1年くらいでは味がまとまりません。長期間、味が伸び続けます。5年経っても、まだまだ先があると思うような酒もあるそうです。
酒屋さんの店先に杉玉がぶら下がる、新酒の季節はもうすぐ! 深い山里で、銘酒たちがいまや遅しと出番を待っています。
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