それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

青果物開発課長・小松誠さん

栃木県益子町……この町の名物と言えば、素朴な味わいが魅力の「益子焼」や、北関東最大の「益子観光いちご団地」。そして、のどかな町中を走る真岡鐵道の蒸気機関車。

しかし、コロナ禍で去年（2020年）の春と秋の陶器市が中止になり、SLが運休、イチゴ狩りの観光客も減って、町にいつもの活気がありません。

そんな益子町でいま話題になっているのが、バナナの栽培です。イチゴの町で、なぜバナナの栽培なのでしょうか？

バナナの花

益子町で土建業や建材業などを営む「塚田グループ」の会長が、「凍結解凍覚醒法」という国内でもバナナが育つ栽培法があることを知り、「取引先への贈答品として国産バナナを贈ったら、これは喜ばれる！」と、「株式会社あやね」を設立。買い取ったシクラメンのビニールハウスで、国産バナナの栽培を始めることになったのです。

このハウスの管理主任が、大塚克明さん・63歳。

「私は地元の電気会社に勤める営業マンだったんですが、定年になって、いつもお世話になっていたこちらの会長のところへ挨拶に行くと、『今度バナナをつくるから、おれんとこに来い』と言われ、農業経験がまったくないのにバナナづくりを任されたんですよ」

広いハウスに1メートルほどのバナナの苗、86株を植えると、2ヵ月で3メートルに伸び、その成長の速さにビックリしたそうです。

バナナの栽培は日差しと水やり、それと温度管理が重要だと言います。温度が高いと葉が焼けて、低いと成長せずに枯れてしまうことも……。水やりも大変で、1本の苗に朝晩、水をたっぷり1分間やり続けます。

バナナの定植

2019年5月に苗を植えると、9月に花が咲き、翌年3月にバナナを収穫。「益子町産バナナ」を初めて食べた大塚さん、そのお味は……？

「ネトッとした粘りがあって、とっても甘くてうまかったですね。ただ、皮の部分が黒ずんで贈答用にも売り物にもならず、仕方なく、近くの道の駅『ましこ』にスムージーの加工品として卸したんです」

味はいいが見た目がよくない……。農業は素人だった大塚さんが試行錯誤していた去年6月、頼りになる“助っ人”が入社します。

定植後2ヵ月の様子

小松誠さんは40歳。茨城大学農学部を卒業されています。前の職業は何と、焼肉屋さんにお勤めでした。

「学生時代から焼肉屋さんでアルバイトをしていて、飲食業が楽しくて、ずっと働いていました。しかし、2人の子どもが生まれ、家族で過ごす時間が欲しくなって……」

「塚田グループ」の環境関連の会社に就職しますが、農学部卒ということで、バナナ栽培に配属になったのです。肩書きは「青果物開発課長」。

「バナナを育ててみてわかったのですが、バナナって、わがままなんです。特に夏はみるみる成長して、大きくなると6メートルを超え、ハウスの天井のガラスを何枚も突き破ってしまったんですよ」

道の駅「ましこ」のバナナスムージー

「わがままだけれど魅力も多い」と言う小松さん。ひと株に150本ほどのバナナが成り、収穫が終わると高さ6メートル、ひと抱えもある巨大なバナナの木は役目を終えます。

「バナナは“木”ではなく“草”ですから、ノコギリでサクサクと簡単に切り倒すことができるんですよ。切った株のすぐ脇から、すでに“子ども”の芽が出ていて、再びグングン成長して花が咲き、房が太り、バナナが収穫できる。この繰り返しです。バナナは温度管理を適切に行えば、一年中、収穫できる果物なんですよ」

今年（2021年）は、1月から「益子町産バナナ」の出荷が始まっています。1年目はバナナの皮が変色してしまいましたが、今年はいい時期に収穫したことで、見た目も味も最高のバナナができたそうです。道の駅「ましこ」の農産物コーナーで、2本600円で販売していますが、すぐに完売したのこと。

益子町産バナナ完売の札

これから「益子町産バナナ」を、どのようにして行きたいか伺いました。

「バナナの他に、パイナップルやパパイヤなどの熱帯フルーツが生い茂る観光農園を開きたいですね。さらにバナナの木のオーナー制度も考えていて、益子に来たら焼き物を見てまわり、イチゴを頬張り、そして自分のバナナを収穫して帰る……。そんな魅力あふれる益子町にして行きたいです」

「益子町産バナナ」は地元の期待と夢を乗せて、いまもグングン育っています。

道の駅「ましこ」外観

■株式会社あやね（農業所有適格法人）
http://ayane.farm

■道の駅ましこ
住所：栃木県芳賀郡益子町長堤2271
http://m-mashiko.com