「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
人口減少社会に入っている日本。地域の文化や会社をはじめ、さまざまな物事の「継承」がとても難しくなっています。駅弁業者のなかにも後継者がおらず、より高度な衛生基準が求められたりすることで、やむなく廃業に追い込まれた会社もあると言います。そのなかで広島駅弁当は、会社の建て直しに続き、地元農業から水産関連、さらには山口・福岡の駅弁の味の「継承」にも取り組んでいます。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第34弾・広島駅弁当編(第5回/全6回)
今年(2022年)は日本の鉄道150年。この鉄道開業以来、活躍してきた蒸気機関車は、昭和50(1975)年12月の北海道を最後に一度は営業運転を終了しました。しかし、後に多くのファンや全国のさまざまな地域から声が上がり、昭和54(1979)年、山口線で復活して運行されているのが「SLやまぐち号」です。C57形、D51形の2つの蒸気機関車を動態保存することで、蒸気機関車技術の「継承」も行われています。
この列車をモチーフとした駅弁「SLやまぐち弁当」を製造している広島駅弁当株式会社の中島和雄(なかしま・かずお)代表取締役と一緒に写っている絵画は、平成22(2010)年にその歴史を閉じた、博多駅弁・寿軒の末永直行会長(故人)から譲り受けたもので、広島駅弁当の社長室に飾られています。広島に加え、山口・福岡の駅弁文化も「継承」している広島駅弁当のトップに、今回は「継承」をテーマにお話を伺いました。
●駅弁店・自治体・JAが一体となって、米文化の継承に取り組む
―駅弁の“肝”といえば「米」だと思いますが、どのようなこだわりがありますか?
中島:平成17(2005)年、農林水産省の「農業の経営構造対策事業」の推進に合わせ、安芸高田市、JA広島北部、広島駅弁当の3社で、第3セクターの「安芸高田アグリフーズ株式会社」を設立しました。栽培から調理・販売・食卓まで、米の全行程を管理しようという試みで、「あきろまん」という広島県のオリジナル品種を採用しました。広島駅弁当でもこの米を使っていて、冷めても美味しく、駅弁にも最適と評価されています。
―「安芸高田アグリフーズ」を通じて、変わったことはありますか?
中島:広島駅弁当にとってはエポックメーキングな出来事となりました。当時、私が参加していた研究会で、アメリカ海兵隊の供食事情から職人の経験と勘をコンピューター解析し、高く安定した品質を保った「セントラルキッチン・サテライトキッチン」の仕組みを知りました。この取り組みを、安芸高田アグリフーズを通じて実践に移しました。その結果、給食などのフードサービス事業を受けることにつながり、新たなビジネスモデルの屋台骨となりました。
●広島の食文化を継承する「あじろや」ブランド
―一方、広島駅弁当には「あじろや」というブランドもありますね?
中島:地元・広島の食文化の継承は「あじろや」ブランドでやっていこうと考えています。2021年4月にはブランドを一新し「あじろや厨房」としました。高級仕出しが中心ですが、コロナ禍もあって、ホテルなども厨房の職人さんを独自に抱えられなくなってきています。広島駅弁当にある「あじろや」専用の厨房をセントラルキッチンとして、厨房の職人さんを抱えられないホテルから、配食を委託される新たなビジネスを展開しています。
―瀬戸内ならではの魚介の食文化は、どのように継承していきますか?
中島:平成28(2016)年、広島駅前の「シティタワー広島」に、広島の寿司文化の継承を掲げて、「鮨 広島あじろや」をオープンさせました。広島では、江戸前の赤酢の寿司とは違った、瀬戸内の魚をメインとした寿司が受け継がれてきました。広島駅弁当は、市場の権利も持っていますので、鮮度のいい魚を直接仕入れることもできます。まるで隠れ家のように、お使いになっている方も多いようです。
●山口・博多の駅弁文化を継承する広島駅弁当
―広島駅弁当は、山口・博多の駅弁文化も継承されていますね?
中島:新山口駅の駅弁は、小郡駅弁当さんが駅弁から撤退された際に、JRサービスネット広島さんから、駅弁製造を依頼されたのがきっかけです。一方、福岡・博多の駅弁は、かつて寿軒を経営されていた末永直行さんが3年ほど前に亡くなりました。末永さんは、父とつながりがあり、ご病気になられたとき、私もお見舞いに伺いました。そこで、末永さんから「何とか、当時の駅弁を復活させたい。あとは(広島駅弁当さんで)頑張ってくれませんか」と、後を託されたんです。
―それで「博多寿改良軒」を作られたわけですね?
中島:末永さんの「寿軒」と、私の会社の前身の「中島改良軒」から、「博多寿改良軒」として、伝統の「かしわめし」を復刻掛け紙で平成30(2018)年に発売しました。ただ、この2年間は、コロナ禍で(人の往来が少ないので)休業状態です。ただでさえ、売れないところへ出て行って販売するのは、九州の駅弁業者さんの営業妨害になってしまいますので。でも、いつかは博多駅の近くに出店して、昔からの博多駅弁を復活させる……。そうすることで、末永さんとの約束を果たしたいと考えています。
新山口駅の駅弁も手掛けている広島駅弁当。なかでも「SLやまぐち弁当」(1200円)は、2021年秋の「SLやまぐち号」運転再開に合わせ、山口県や津和野の名物を取り入れて、大きくリニューアルされました。掛け紙には、おなじみC57形蒸気機関車1号機が描かれ、裏面にはお品書きが書かれています。新山口駅では原則としてSL運行日のみの販売。「SLやまぐち号」発車前には、売店の店員さんによって、ホームでも販売されています。
【おしながき】
・ふくめし 焼ふく 青海苔
・岩国寿司 錦糸玉子 太平
・長州どりタレ焼
・おばいけ(さらさくじら)のからし酢味噌
・仙崎蒲鉾
・だし巻き玉子
・煮物(里芋、こんにゃく、蓮根、人参)
・寒漬(大根の漬物)
・日本酒ゼリー(獺祭使用)
・源氏巻(津和野名物)
華やかな岩国寿司と焼ふくが載ったふくめし、長州どりのたれ焼き、鯨を使ったおばいけ、仙崎蒲鉾、獺祭を使った日本酒ゼリーに津和野の源氏巻まで、山口と津和野の名物が満載の駅弁です。今回、できる限り地元に寄り添い、山口の地のものを使って作り上げたと言います。ちなみに、日本酒ゼリーは手作業で作るため、「SLやまぐち弁当」を作る際の厨房は高級な獺祭の一升瓶がズラリと並んで、芳醇な香りに包まれているそうです。
広島を出て山口県を一気に駆け抜けていく山陽新幹線「のぞみ」号。終着・博多までは、1時間あまりの所要時間です。現在は、山口県内にもさまざまな拠点を設ける事業が進んでいるという広島駅弁当。長州が生んだ初代内閣総理大臣の伊藤博文に認められ、鉄道構内営業に携わっていることを鑑みれば、十分にゆかりのある土地です。次回、いよいよ中島社長のインタビュー完結編。今後の展望について伺います。
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連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/