それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
都心から車でも電車でも、およそ60分の東京・あきる野市。いまごろは紅葉の名所・秋川渓谷が賑わいます。そんなもみじ狩りの人があふれるJR武蔵五日市駅から、バスでだいたい30分。終点からさらに15分ほど歩いた山のなかに、ポツンと1軒の牧場があります。
牧場の名前は「養沢ヤギ牧場」。牧場主の堀周さんは、平成元年生まれの32歳。奥様と小さな3人の男の子、そして27頭のヤギと一緒に暮らしています。
地元・あきる野出身の堀さんですが、一度は大学進学のため実家を離れました。大学で学ぶうちに、生涯の仕事として「農業」をやってみたい気持ちがめばえます。米づくり、あるいは野菜づくり……どの道を選ぼうか迷っていた矢先、たまたまチーズ農家を紹介していたテレビ番組に出逢いました。
「これだ! 自分もチーズ農家になりたい!」
チーズは、原料のミルクは同じでも、微生物やつくり手によって全く違う味になります。自然の力だけでなく、自分の個性を活かせるところに堀さんは魅かれました。でも、何の知識もなくチーズ農家になったところで、周囲の理解は得られません。
「よし。3年経ってもこの思いが変わらなかったら、チーズ農家になろう」
堀さんは会社勤めをしながら、どんなチーズ農家になろうかと研究を始めました。家族や奥様にもチーズ農家への夢を丁寧に説明して、機が熟するのを待ちます。そして3年経った2016年、堀さんはついに会社を辞め、チーズ職人になるために北海道・新得へ旅立ちました。
新得では、フランスからの技術指導者の方が、1つのヒントをくれました。
「ホリサン、“ヤギ”ノ“チーズ”、ツクッテ、ミマセンカ?」
実は、日本のチーズのほとんどは牛乳が原料で、ヤギのミルクでつくるチーズは少数派。加えて、新たな牧場を立ち上げるにあたっては、牛よりもヤギの方がお金をかけずにスタートすることができます。
「ヤギのチーズなら自分でもやれそうだ。これからはヤギだ、ヤギを飼おう!」
北の大地で2年あまり、みっちりチーズづくりを学んだ堀さんは、東京の近郊で新たな酪農家になるため、八王子市内の牧場でさらに経験を積みます。合わせてヤギの飼育に適した土地を探しているうちに、自然と足はふるさと・あきる野市へ向かいました。
「山の羊と書いてヤギ。山が好きな動物だ。山の多いあきる野市はピッタリじゃないか!」
図らずもUターンすることになった堀さんは、2020年3月、3頭の雌ヤギと、念願の自分の牧場「養沢ヤギ牧場」をオープンさせました。その年の8月には工房もできて、チーズの生産体制が整います。去年(2021年)には、ようやく安定したチーズづくりができるようになりました。
オープンから2年半あまり、ヤギの数は30頭近くまで増えました。一方、堀さんはプライベートでも子宝に恵まれ、6歳と3歳の双子の男の子が家中を飛び回っていて、奥さんはお子さんに付きっきりです。そのため堀さんは、ヤギの世話からチーズづくりまで、全て1人でこなしています。
朝は6時からおよそ2時間かけてヤギの小屋の掃除、エサやりをはじめ、ヤギの出産シーズンには赤ちゃんにお乳も飲ませてから、肝心の乳しぼりに入ります。朝食後は工房に籠ってチーズづくりに励めば、あっという間にお昼です。
午後は出来上がったチーズを農産物直売所へ納めたり、ときには営業活動をする一方で、ヤギにあげるエサを集めるために牧場周辺の草刈りもします。夕方5時には2度目の乳しぼりの時間がやってきて、ようやく怒涛の1日が終わります。
先日、その苦労が報われる出来事がありました。今年度の国産ナチュラルチーズのコンクールで、堀さんがつくる「養沢ヤギチーズ」が見事、銅賞に輝き、初めての入賞を果たしました。その美味しさは評判を呼び、あきる野市の新名物としても注目を集めています。
しかし、堀さんはよりよいチーズをつくりたいと、さらに先を見据えています。
「東京・あきる野だからできる味をもっと追求して、地元の皆さんに普段から食べてもらえるようなチーズをつくりたいんです」
番組情報
眠い朝、辛い朝、元気な朝、、、、それぞれの気持ちをもって朝を迎える皆さん一人一人に その日一日を10%前向きになってもらえるように心がけているトークラジオ