それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
「一年の計は京王にあり」
駅弁業界には、こんな言葉があるそうです。京王とは、京王百貨店新宿店で行われる駅弁大会のこと。正式には「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」と言います。始まったのは1966年。今回で58回を数える、全国有数の歴史ある駅弁大会です。
全国の駅弁屋さんは、1964年の新幹線開業以降、大きく影響を受けました。列車のスピードが一気に速くなり、車両の窓が開かなくなったことで、駅のホームにおける「立ち売り」が成り立たなくなってしまったのです。そんな苦境を救って、新たなブランド化に大きく貢献したのが駅弁大会でした。
実際、全国の有名駅弁のなかには、駅弁大会で大きくヒットしたことをきっかけに、新たなご当地名物となったものが数多くあります。それゆえ全国の駅弁屋さんは、毎年1月はじめの駅弁大会を目指し、ふるさとの名物や新作駅弁を引っ提げて東京にやって来ます。
今年(2023年)の「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」を取りまとめているのは、京王百貨店の堀江英喜さん・55歳です。八王子市出身の堀江さんは、1986年に京王百貨店へ入社。郊外の店を振り出しに婦人服や子供服、家庭用品売場等、さまざまな現場を経験しました。
そして、2020年1月の第55回大会から責任者に就任。駅弁大会の責任者は、全国の駅弁業者と信頼関係をつくるところから仕事が始まります。チームで手分けしながら1社1社を訪ね歩いて、次の年の企画を練り上げていきました。それでも1年目は、駅弁屋さんに何とか顔を憶えてもらうのが精いっぱいでした。
2年目、いよいよ自分の色を打ち出していこうとした矢先、コロナ禍が襲います。駅弁大会の開催も白紙となってしまいました。しかし、堀江さんは考えます。
「55年続いてきた伝統をここで途切れさせてはいけない。どんな形でもやりたい!」
この思いはやがて百貨店全体の願いとなり、2020年秋、さまざまなイベントの中止が相次ぐなか、次の年の駅弁大会開催が決まりました。
堀江さんは、さっそく全国の駅弁屋さんと交渉に入りました。しかし、各地のお店からは思わぬ声が上がってきます。
「パートさんが減ってしまって、東京へ弁当を送る余裕がありません」
「東京へ実演に行きたいんですが、このコロナの状況では、ちょっと厳しいです……」
それでも、何とか協力してもらえた駅弁屋さんもいました。例年と比べて出店できるお店が少なくなったことで、「密」にならないよう、売り場の通路を広く取ることができました。さらに会場も3つに分け、万全のコロナ対策で、いざ2021年の開幕の日になります。
しかし、何とその初日、1都3県に「緊急事態宣言」が出されました。外出の自粛が求められ、いつもは多くの人でにぎわっていた駅弁大会の会場が閑散としてしまいました。売り上げも例年の半分以下に落ち込んでしまうほどでした。
でも、そんな人影がまばらになった会場で、年配の方が声をかけてきてくれました。駅弁大会に何十年も通っている地元の常連さんでした。
「コロナでも駅弁大会を開いてくれて、ありがとうね」
堀江さんは、その言葉に「明日も頑張ろう」と気持ちを奮い立たせます。
行動制限のない状態で開かれている、今年の「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」。去年(2022年)・今年と出店を見合わせていた地方の駅弁屋さんも、少しずつ戻ってきました。会場にも多くの人が訪れて、にぎわいを取り戻しています。
一方、この2年間で充実したのが駅弁のインターネット予約です。当初は会場に「密」をつくらないために始めた取り組みでしたが、朝一番から行列に並ばなくても人気商品が手に入ることから、会社などにお勤めの人たちの間で話題を呼んでいると言います。
しかし、堀江さんはこう話します。
「駅弁大会でお届けできる駅弁は、全国のほんの一握りです。まだ各地には、発掘しきれていない地元の名物や人気駅弁がたくさんあります。これを百貨店の手で、もっとお届けしていきたいんです」
百貨店文化と駅弁文化を次の時代へつなぐために、堀江さんはきょうも駅弁大会の会場を走り回ります。
番組情報
眠い朝、辛い朝、元気な朝、、、、それぞれの気持ちをもって朝を迎える皆さん一人一人に その日一日を10%前向きになってもらえるように心がけているトークラジオ