「冷めても美味しい」駅弁の実現、その高いハードルとは?
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「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
駅弁の基本は、何といってもご飯。全国の駅弁屋さんを40軒回ってきていますが、1軒として、全く同じ製法を取っている駅弁屋さんはありません。それくらいに、日本人の主食・ご飯は奥深い存在です。全国の食材が集まる東京の駅弁屋さんは、食材や調理法に、どのようなこだわりを持っているのか。トップにお話を伺いました。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第40弾・日本ばし大増編(第5回/全6回)
平成11(1999)年から平成28(2016)年まで、上野~札幌間で運行された寝台特急「カシオペア」。いまは、ツアー専用臨時列車「カシオペア紀行」として、東北本線をはじめ、東日本のさまざまな地域を走っています。日の長い時期は、夕日を浴びながら、東京・埼玉から茨城をかすめて栃木へ北上。北関東の田園風景のなか、電気機関車の甲高い警笛を響かせながら、列車がみちのくを目指し、優雅に駆け抜けていく風景は、郷愁を誘います。
そんな「カシオペア紀行」がよくやって来る東北本線沿線は、日本を代表するお米の産地。「その年の作柄、銘柄、地域によっても味が変わります。当然ご飯も炊き立てと冷ました状態では味が異なります。季節、温度、湿度でも、味は全部変わってきます」と、お米について話すのは、「カシオペア紀行」の料理と共に、首都圏の駅弁を手掛ける「株式会社日本ばし大増」の穐山健輔社長。日本ばし大増の駅弁には、一体どのようなこだわりがあるのか、お話を伺いました。
●ご飯を食べられるだけ食べて決める「最適な」ご飯!
―駅弁の基本「ご飯」には、どのようなこだわりがありますか?
穐山:(お客様が召し上がる)さまざまなシチュエーションを想定し、「もう白いものは見たくない!」というほどご飯を食べ尽くした上で、使用する米を決めています。2022年は、茨城と埼玉の米をメインに、状況に合わせて使い分けています。白飯、炊き込みご飯、有機米のご飯、寿司飯、それぞれに最適なご飯を、弊社では自信を持って送り出していますが、お客様からはご飯に関するご意見をいただくことがいちばん多いですね。
―私はNRE大増時代にもニッポン放送の番組で取材いたしましたが、ご飯を炊く回数を増やしたことも、ご飯の美味しさにつながったと伺った記憶があります。
穐山:ご飯は保存性の観点から、炊いたあと、急速に冷ましますが、本当に温度管理が難しいんです。「冷めても美味しい駅弁」を提供するのに、いちばん難しいのは「ご飯」だと思います。昔、上野の調理センターなどで作っていたときは、1時間当たり38釜程度しか炊くことができませんでしたが、尾久の工場では1時間当たり60釜程度まで生産能力を高めることができました。いまは、さらに炊飯専用の工場をさいたま市内に設けています。
●「日本ばし大増」の調理×「日本食堂」の盛り付けで作られる駅弁!
―幕の内系の駅弁が多いですが、おかずが多い分、ご苦労も多いですよね?
穐山:ただ、幕の内弁当は弊社の強みです。細々としたおかずをたくさん作るノウハウは、日本ばし大増が持っていました。例えば、野菜の旨煮は、野菜の切り方、火の通し方、味付け、冷まし方など、全ての工程が確立されていました。一方、日本食堂は大量生産が得意で、いまも手が込んだ弁当は、1つの製造ラインに26名もの調理員が並ぶことすらあります。調理は大増、盛り付けは日本食堂の技が活きていますね。
―調理方法や調味料には、どんなこだわりがありますか?
穐山:江戸の料理は調味料がシンプルです。もともとの日本ばし大増の料理のなかには、調味料が醤油・砂糖だけで、あとは素材の味を活かして甘辛の味に仕上げていくものが多くあります。それだけに、温度・時間などを含めて繊細な味付けで、一度ファンになって下さったお客様は、長く愛して下さる方が多いです。「これって駅弁なの? 料亭でしょ?」とおっしゃる方がいるくらいの製造工程で駅弁を作っています。
●高付加価値駅弁が作った、新しい駅弁文化!
―「日本食堂」と「日本ばし大増」のDNAが結びついたことで、東京の駅弁は確実に美味しくなりましたね。
穐山:私も日本食堂にいたときと、いま、日本ばし大増が入ってからの弁当を両方いただきましたが、全ての弁当が大変美味しくなっていて感動しました。2000年代初め、社長や調理長が食材の産地に赴き、現場を見て、生産者の方のこだわりを聴き、その食材を駅弁に合うよう何度もトライして、厳しい声を受けながらも高額駅弁を作り込んでいきました。「新しい文化を作る」という意味で高付加価値の駅弁が果たした役割は大きいと感じます。
―いま、この流れを汲んでいる駅弁と言えば、東京の老舗の味を集めた東京駅限定の「東京弁当」でしょうか?
穐山:多くの老舗の味を「駅弁」に入れ込むに当たっては、大変な苦労があったと聞いています。この高付加価値駅弁の実績があったことで、東京の名だたる名店が駅弁のために新たな食材を開発して下さいました。「東京弁当」を作るにあたっては、本当に老舗の皆さまのご尽力をいただきました。江戸・東京、そして日本の食文化を形作る1つのアイテムとして皆さまに力を貸していただきましたので、これからも大事にしていきたいと思います。
現在は、赤れんがの東京駅丸の内駅舎の夜景写真が使われた掛け紙が施されている東京駅限定の「東京弁当」(1850円)。こちらは鉄道開業150年、東京駅丸の内駅舎の復原10年を記念した掛け紙です。平成18(2006)年の誕生から13年、令和元(2019)年に大幅なリニューアルが行われました。いまも手に取ると、ずしりと老舗の重みを感じる駅弁は健在です。
【おしながき】
・浅草今半の牛肉たけのこ
・魚久のキングサーモン京粕漬
・すし玉青木の伊達平焼
・神茂の御蒲鉾
・酒悦のつぼ漬
・新橋玉木屋の葡萄あさり
・舟和の芋ようかん
・日本ばし大増の江戸うま煮
里芋、筍、南瓜、椎茸、はす、絹さや、化粧人参、化粧牛蒡
・肉団子
・金平牛蒡
・ご飯 刻み梅
東京の名だたる老舗の逸品がズラリと並んだ「東京弁当」。センターの焼き魚・人形町魚久のキングサーモン京粕漬は、東京弁当のために開発された逸品で、魚久の料理人の方を尾久の工場に招き、何度も指導をいただきながら、駅弁に適した(魚の)焼き方を実現したと言います。秋田県産の有機認証米「あきたこまち」の白飯は、モチっとした食感が魅力。東京の老舗の味が一折に詰まって1850円という価格は、本当にありがたい限りです。
東京駅丸の内駅舎の復原から2年半後の平成27(2015)年、上野東京ラインが開業し、常磐線特急「ひたち」も、沿線の皆さんの悲願だった東京駅への乗り入れを果たしました。いまでは東京駅で駅弁を買って「ひたち」に乗り込むのも、当たり前の風景となっています。ちなみに、水戸駅の“フレッシュひたち”形のNEWDAYS店舗は、穐山社長がエキナカ店舗開発を担当していた時代に手掛けたそうです。次回は駅弁文化の今後、合併のお話も伺います。
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連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/