日本を代表する詩人、谷川俊太郎さんが今月11月13日に92歳で亡くなりました。谷川さんは「鉄腕アトム」の主題歌の作詞でも知られています。手塚治虫さんが描いたアトムが活躍する未来は、まだ、“非日常”ですが、人とロボットが共に働く“日常”は着実に近づいています。
今回は「ロボットのいるお店」を開いた、ご夫婦のお話です。
それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
埼玉県の南浦和に「ロボットのいるお店」を開いたのは、野口祐喜さんと、頌子さんのご夫婦です。2人は兵庫県出身の37歳。学生時代に知り合い、12年前に結婚しました。祐喜さんは大学院を修了後、東京のIT企業に就職、その後、産業用ロボットメーカー「カワダロボティクス」に転職します。
この会社が開発した2本の腕を持つヒト型ロボット「NEXTAGE(ネクステージ)」は、食品、医療品、化粧品などの製造現場で活躍していて、人と共に協力しあって働く、“協働ロボット”として注目されています。
祐喜さんは、小学校の卒業文集に「発明家になりたい」と書き、子供の頃から「ドラえもんを作りたい」という夢を持っていました。一方、頌子さんは飲食店で働いていましたが、ロボットをお店で使うことには最初は反対でした。でも「夫の夢を実現させたい。ロボットでも心を込めて接客することができる」と考えを変えて、「ロボットのいるお店」を開く決意をします。
「NEXTAGE」なら、人の代わりにコーヒーを淹れて、スイーツの「どら焼き」を焼いてくれる……、そんなお店にしたい!
しかし問題はロボットのお値段。一台が高級外車と同じぐらいです。「社員割引を利用できませんか?」と祐喜さんが上司に相談したところ、「レンタルもできるかもしれない、何が最善か少し考えさせてほしい」と会社も好意的に受け取り、検討を始めてくれました。
ところが、しばらくして二人の熱意が不思議な力を起こします。なんと、ネットオークションに「NEXTAGE」が出品されているのを見つけます。それも2台!
国産車ほどの金額で、2台を落札することできました。「やった!」と喜んだ祐喜さんと頌子さんですが、実はここから、お店を開くまで、大変な苦労が始まります。
産業用ロボットは、スイッチを入れても、すぐには動き出しません。「ティーチング」と言って、どんな作業をさせるかをロボットに教えます。東京の1LDKのマンションでは、ロボットを調整するには狭すぎるし、モーター音が近所迷惑になるかもしれない。それなら環境のいい場所に引っ越そうと選んだのが、浦和でした。
一軒家を借りて、ここでロボットのティーチングを始めるために、祐喜さんは半年間の休職届を出します。会社側は産業用ロボットがカフェで活用できるのか、実験的な店舗になると理解を示してくれました。ただし半年間、給料は出ません。
一方、頌子さんは店舗探しに奔走します。いま人気の浦和ですから、家賃が高く、条件に合うものが、なかなか見つかりません。そんな時、空き店舗を活用し、商店街を活性していくというプロジェクトを見つけます。浦和駅東口から5分ほどの店舗が、5万円ほどで借りられる! さらに、100万円相当の施設工事補助が出る! 早速、コンペに応募しますが、残念ながら落選してしまいます。
「ロボットのいるお店」……、自信があっただけにショックは大きく、何度も「やめようか」と諦めかけました。
それでも夢を諦めない2人に、奇跡的に好条件の物件が見つかります。場所は、JR南浦和駅から歩いて10分。信用金庫や百円ショップ、人気のラーメン店、さらに女性オーナーが営む個人店がいくつかあって、人通りも多いエリアです。気になる家賃も希望通りでした。
こうして10月15日、ロボットのいるお店『ハレとケ』がオープンします。
「ハレとケ」?
ちょっと変わった名前ですが、これは民俗学者・柳田國男が提唱した概念で、非日常の(ハレ)と、日常の(ケ)を表しています。「ロボットはまだ珍しく非日常といえますが、いつか日常になって欲しい」という意味を込めて、頌子さんが名付けました。
ロボットがコーヒーを淹れる時間は、7分ほどです。「じっと見ているお客さんもいれば、スマホで動画を撮るお客さんもいます。ロボットのおかげで接客に集中できるのが嬉しいですね」と笑顔の頌子さん。
装飾にあまり費用をかけられず、シンプルな店構えですが、“ロボットバリスタ”が淹れるコーヒーは、香り豊かでコク深く、どこか、未来を感じさせる味わいです。
*ロボットのいるお店「ハレとケ」
・〒336-0025 埼玉県さいたま市南区文蔵2丁目30-5
・オープン11時〜18時
・不定休
※営業日、定休日はインスタグラムで確認してください。
https://www.instagram.com/hare._to_.ke/