それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
上柳昌彦あさぼらけ『あけの語りびと』
大きな工場や会社が軒を連ねる神戸市兵庫区和田岬の一角に、今朝ご紹介する駄菓子屋「淡路屋」さんがあります。
この辺りの小学校の始業式は8日。今はまだ春休み中ですから、お昼前から子どもたちが集まってきます。
自転車でふらりと現れる子、小さな弟の手を引いて駆けつける子。
近くの公園で花見をした帰りに寄ったという今ふうの子どもたち。
「淡路屋」さんと道路をはさんだ向いのビルは、ただ今工事中。
ガードマンさんは、本業のかたわら子どもたちの自転車整理に大忙しです。
「ようけ、子どもがおるもんやなぁ」と、ため息をつきながらもニコニコ顔。
「ねーちゃん、オレ、バナナ!」
「はいはい、パリパリのミニクレープな」
「オレはハムエッグ!」
「あんたぁ、卵アレルギーやろ? ハムだけにしとき」
店中を埋め尽くした様々な駄菓子に混じって、子どもたちの一番人気は、>クレープです。
子どもの好みや体質までを把握して、ねーちゃんと慕われて>いるのは、伊藤由紀さん46歳。
この「淡路屋」の三代目の店主です。
ご主人を早く亡くしたおばあさんは、近隣の工場の従業員のお腹を満たす>ために開いた「淡路屋」で、二人の子どもを育てました。
そのうちの一人が、由紀さんの母親です。
地元の高校を出て貿易会社に就職した由紀さんは、仕事も面白く収入も安定。
ところがある日、店の客席に座っていると、深~い安らぎをおぼえたそうです。
「おばあちゃんを最後まで、淡路屋のおかみとして終わらせてあげたい」
お母さんのそんな願いもあり、由紀さんは会社を辞め店を継ぐ決心をしました。
平成7年1月17日。神戸市を阪神・淡路大震災が襲いました。
避難生活を終え店を再開したものの、客足はパッタリ途絶えてしまいました。
店に来てくれたのは、駄菓子を買いに来る子どもたちだけでした。
(ようし、そんなら子どもたちの店にしよう!)
前々からやってみたかったクレープを、店先で焼いてみると、子どもたちは>大喜び!
ねーちゃんが焼いてくれた100円のミニクレープを食べながら、>店でオセロやトランプを始める子。
両親が仕事から帰るまで待っている子。>そんな子たちで店の客席は、いつも大賑わい。
そのうちに、子ども同士のケンカも始まります。
しかし、ねーちゃんは止めに入ったり、叱ったりは、一切しません。
子どもたちは子どものルールで揉め事を解決することを知っているからです。
「不思議ですよね。いっつも揉めて、アッという間に仲直りや!」
子どもの世界を、ねーちゃんは大切にしています。
夕方になると、中学生や高校生が顔を見せます。
小さい頃から「淡路屋」に通った常連さんたちです。
「ねーちゃんとならしゃべりやすい」
「たま~に、いい事言ってくれるんや」
日が暮れて訪ねてきたスナック勤めのシングルマザーは、まだ二十歳。
「小学校から人生やり直したいわ」と、ため息をもらす彼女は、>疲れ切っている様子です。
「まだ、二十歳やろ。なんぼでもやり直せるわ」
ねーちゃんの元気な声に、彼女の顔にやっと微笑みが浮かびました。
「奇跡のアホやな!」
ねーちゃんが、大声をあげたのは、滑り止めの高校まで落ちてしまった男子。
「奇跡のアホ」と言われた彼は、それで目が覚めたのか、その後、立教大学に>合格したといいます。
みんなが少しだけ、元気を取り戻せる店「淡路屋」・・・。
自分が一番キラキラしていた時代の記憶。それが元気のもとです。
由紀さんは、おっしゃいます。
「クレープを焼きながら、子どものそんな楽しい時期を一緒に過ごせる。>私は幸せです」
078(671)1939 営業時間:午前7時~午後7時 日曜休(土曜祝祭日は営業)
2016年4月6日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より
朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ
番組情報
眠い朝、辛い朝、元気な朝、、、、それぞれの気持ちをもって朝を迎える皆さん一人一人に その日一日を10%前向きになってもらえるように心がけているトークラジオ