昼前、釧路駅で札幌からの一番列車、特急「スーパーおおぞら1号」を待ち受けて発車するのは、キハ54の快速「ノサップ」根室行。
「ノサップ」は、昔から根室本線の釧路~根室間で運行されてきた急行列車の名前を継いでいる由緒ある列車です。
現在は下り1本のみ、ワンマン運転で、この区間では最速の2時間10分で走破します。
根室本線の釧路~根室間は、「花咲線(はなさきせん)」の愛称で呼ばれる区間。
終着・根室まで行く列車は、快速を含め1日わずか6往復で、これに朝夕、釧路~厚岸(あっけし)間運転の列車が2往復加わります。
この地域は何度か訪問していますが霧のことが多く、今回は初訪問から20年にして初の晴天!
晴れていると、こんなに美しい車窓が見られるんですね!!
進行右手に厚岸湾が見えてきたら、列車は程なく厚岸に到着。
東経144度50分にある厚岸は、日本で最も東にある駅弁販売駅です。
一番西の「佐世保駅」が東経129度43分ですので、厚岸までは経度15度、時差1時間相当!
そうやって改めて考えると、日本は広いし、1本のレールで繋がっていることもスゴイ。
そんな厚岸駅前で駅弁を手掛けているのが、「氏家待合所」。
大正6(1917)年創業、今年で「創業100周年」を迎えた老舗駅弁屋さんです。
厚岸といえば、何と言っても「牡蠣」の町。
朝イチでお邪魔すると、早速いい匂いがお店に広がっていました。
ちょうどこの日のお昼向けの名物「元祖かきめし弁当」のご飯が炊きあがってきたようです。
盛り出しているのは、四代目の氏家勲さん。
店主直々に作って下さった「かきめし」が味わえるとは、東京から足を運んだ甲斐がありました!
手際よく盛り付けられた駅弁の折詰は、サッと掛け紙がかけられ、キュッと紐で綴じられて、まだ温もりのある状態で手渡していただけます。
列車1日6往復+αの駅で、こうやって駅弁文化が守られているのは有難い限りです。
実は氏家さんに「駅弁膝栗毛」にご登場いただくのは、平成18(2006)年2月以来、11年半ぶり2回目で、前回伺った時は平成になっても行っていた「立ち売り」の極意を教えていただきました。
【再掲・2006年2月「ライター望月の駅弁膝栗毛・厚岸編」、一部再構成】
「べんと~!」と声を出すにも、ディーゼルカーのエンジン音とブレーキの音、そして列車によって巻き起こされる風をすべて考慮に入れて、チョット裏返ったような声を出すのがいいんです。
「へ~こら、どうぞ来てください」てな感じで売っちゃいけない。
「おっ、ホームに変なヤツいるぞ!」と思わせて、乗客「1人」をいかにして動かすか、徹底的にこだわっていました。
この「1人」が興味を示してくれれば、後はこっちのもの。
触発されてゾロゾロとお客さんが来てくれるんです。あと、売り声1つにも「TPO」があるんです。
朝は「これ持って、行ってらっしゃい」と、背中を後押しするような気持ちの「べんと~」!
昼は「今、これ食わないでどうすんだ?」の「べんと~」!
夕方は「これ、土産にどうだ?」の「べんと~!」というのがあるんです。
(この声を使い分けて)お客さん1人をどうやって動かそうか、考えるのが楽しいですよね。
今や厚岸を含め、駅弁の立ち売りが行われている駅は、ほとんど無くなってしまいましたが、実際に立ち売りを経験した方の話は改めて重い!
今回、この時の記事のお話をしたところ、『あと、汽車(SL)とディーゼルでも、声の出し方は違うんだよ』と仰っていました。
厚岸の駅弁といえば、何と言っても「元祖かきめし弁当」(1,080円)。
厚岸に関する最古の記述がある17世紀のオランダの文献には、オランダ・東インド会社の艦船が厚岸に立ち寄った際の様子が記されていて、この時から厚岸では既に「牡蠣」が重要な産物だったとされています。
全国的にも珍しい1年を通じて牡蠣が出荷される、厚岸ならではの駅弁です。
(参考:厚岸町ホームページ)
おなじみの緑の掛け紙を外すと、お店の中と同じ、いい磯の匂いが広がりました。
牡蠣をはじめとした煮汁とひじきでご飯を炊き上げ、カキ・ツブ・アサリの海の幸と、フキ・シイタケなどの山の幸を盛り付けた昔から変わらない味。
厚岸駅弁としての「かきめし」は、昭和30年代、三代目のご主人の時代に、お客さんの声に応える形で考案されました。
四代目も小さいころから食堂のまかない食として、この「かきめし」を食べていたのだそう。
かきのプリッと感と、じっくり煮込まれたテカリが食欲をそそります。
このテカリをずっと愛でていたいくらいなんですが、ココでいつも食欲とのせめぎ合い・・・。
いただけば、甘めに炊き込まれたご飯と、ひじき、刻み海苔が素晴らしい味のハーモニー!
ご飯1粒1粒までしっかり味がしみ込んでいて、1粒たりとも残すことが出来ません。
いただいているうちに、ごはん粒が愛おしくなってくるのは、この駅弁くらいでしょう。
基本は厚岸駅前にあるお店で購入ですが、営業時間(8:30~14:30、木曜定休)内で1番線発着の列車なら、2時間前までの電話予約(0153-52-3270)で、ホームでの受け取りが可能です。
乗る列車を伝えて、お釣りの無いようにお金を準備しておきましょう。
「元祖かきめし弁当」をより美味しくいただくなら、厚岸から根室方面の列車に乗り込みたいもの。
厚岸を出た根室本線の列車は、昔から牡蠣が育まれてきた厚岸湖に沿って走ります。
古の人たちの営みに思いを馳せながら「元祖かきめし弁当」を頬張れば、美味しさは最上級!
TVは「世界の果てまでイッテQ!」という番組が面白いそうですが、駅弁も“日本の果てまでイッテ食う”のが最高に美味しいのです!!
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/