それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
1月26日、宮崎県の延岡市と日向市で、号外が配られました。市民は、号外を見て「え?」と、驚きの声を上げました。『富島と延岡学園、選抜決定 2校出場は52年ぶり!』
「第90回記念選抜高等学校野球大会」・・・延岡学園は、私学の強豪校として知られていますが、初出場の県立富島高校は、まったくの無名校です。この野球部を率いるのは、商業科の教師・浜田登さん(50歳)。浜田先生は、2008年、宮崎商業高校の監督として、夏の甲子園に出場した経験を持っています。宮崎商業は、宮崎県では古豪チームで、勝って当たり前……、そんな空気を感じていた浜田先生……、それなら、甲子園とは無縁の野球部で、ゼロからスタートしたい、と2013年、赴任したのが、日向市の県立富島高校でした。
赴任する前、春の予選を見に行った浜田先生。野球部の部員が、たったの5人しかいないことに愕然とします。日向高校との合同チームで挑んだ試合は、10対0のコールド負け。地元新聞社主催の大会では県立門川高校に26対3の大敗。とにかく、取れない、走れない、投げられない、バットに当たらない。それでも、浜田先生は、歓迎会で、こう挨拶します。
「3年で九州大会出場! 4年で甲子園に行きます!」
冗談だと思った周りの先生たちから、笑いがこぼれました。しかし、3年で、公約通り、九州大会に出場。甲子園には、1年遅れますが、5年で実現しました。
浜田先生は、この弱小野球部を、どのように変えたのか? まず、新入生の中で、野球経験者を調べて、「野球、やらんか」と熱心に声をかけ、6人を入部させます。次に、荒れたグランドに土を入れて、みんなで整備をしました。部員11人でスタートしますが、浜田監督がまず感じたのは……
「自分で限界を決めてします。おれは、もうこの辺でいいや、と。壁を乗り越える。もう1つ上を目指す。それが足りないんです。試合の終盤、リードされていると、もう勝てない、と諦めてしまう。そこで、『何が何でも勝つんだ!』という意識改革から始めました」
熱心な指導が評判を呼び、監督2年目、1年生が18人も入部。中には、他の学校からスカウトされてもいいような生徒が、「浜田監督の元で、野球をやりたい」と言ってきました。部員は、すべて地元の子ばかりです。
部員が揃った3年目、宮崎県予選での快進撃が始まります。最初の目標だった九州大会への出場を決めますが、鹿児島県の強豪・鹿児島実業に、コールド負け。
相手は、県外から有望な選手をスカウトし、部員は100人を超え、グランドなどの環境もよく、強くて当たり前。私学の強豪に負けたことで、逆に悔しさが増して、『何が何でも勝つんだ!』『公立魂を見せてやるんだ!』という気持ちに火がついたそうです。
野球が強くなるには、合宿や遠征など、その費用も大変です。浜田先生は、正月休みに、部員にアルバイトをさせています。地元のうどん屋さん、ガソリンスタンド、郵便局、スーパー、実家の牛の世話など、稼いだお金は、すべて親に渡すこと。
「グローブは、5〜6万円はしますし、遠征費も馬鹿にならない。親への感謝と、ありがた味を感じてほしいんですよ」
去年10月、九州大会に出場した富島高校は、並み居る強豪校を、逆転に次ぐ逆転で破り、「逆転の富島」と呼ばれました。決勝では、9回裏、粘りに粘りますが、あと1本が出ず、敗れますが、「準優勝」という基準を満たし、センバツへの初出場が決まりました。
「甲子園では、日本全国の公立高校野球部の目標になるように、『一戦必勝』をモットーに頑張ります。もし抽選会で強い私学に当たったら? それは望むところです!」
浜田先生は、自宅から1時間かけて、通勤しています。車の中で、きょうの練習メニューを考えるそうです。
「キャッチボールもできない部員に、苛立つことが、正直ありました。これもできない、あれもできない、だったら、こうしたら、できるかも……富島高校に赴任して、良かったことは、野球を教えることの楽しさを、このチームに教わったことですね」
富島高校は大正5年に、農業学校として設立されて101年……富島高校となってから70年の歴史と伝統があります。現在は、商業科、会計科などの5学科がある専門高校です。
高校野球は、「なになに打線」とネーミングが付けられますが、例えば、池田高校は「やまびこ打線」銚子商業は「黒潮打線」鳴門高校は「うず潮打線」
では、富島高校は? 日向市は「ひょっとこ夏祭り」で有名なので、甲子園でも、粘りの逆転が出ると、「ひょっとこ打線」と名付けられるかも・・・
「第90回記念選抜高等学校野球大会」は3月23日(金)から4月4日(水)までの13日間、阪神甲子園球場で開催します。
上柳昌彦 あさぼらけ 『あけの語りびと』
2018年2月7日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より
朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ
番組情報
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