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羊蹄山に住み込みで宿泊施設『蝦夷富士小屋』を営む家族
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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
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『蝦夷富士小屋』外観の様子
日本百名山の一つに数えられる北海道の羊蹄山は、その優美な姿から「蝦夷富士」=北海道の富士山と呼ばれて親しまれています。その火山活動が確認されているのは、およそ6千年前…。現在、冬は山岳スキー、夏は登山のために世界中の人が訪れています。
羊蹄山では、70種類にも及ぶ高山植物が天然記念物の指定を受け、9合目は丸ごと天然記念物。色彩豊かな草花が鮮やかに咲き乱れます。
神に守られてきた山というイメージから、女性のためのパワースポットとしても有名です。地元の写真家は「羊蹄山に入ると、1,000回以上もシャッターを切ってしまうんだよ」と、その魅力を語ります。
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公演を行っている近藤英輝さん
羊蹄山のふもとで宿泊施設『蝦夷富士小屋』を営む近藤英輝さんは、東京・福生市の生まれ。この山に惚れ込んだ理由を次のように語ります。
「羊蹄山は富士山のように裾野が広いために、人の生活圏に迫っている山です。名山と呼ばれる山は数々ありますが、毎日の暮らしのなかで目にできる山は、そんなに多くない。羊蹄山は、すぐ手が届きそうなくらい近くに見えて、生活サイクルのなかに組み込まれている『心の山』なんです」
彼が北海道に渡ったのは、大学進学のためでした。獣医になりたいという夢は、わけあって途中で断念。休学してスイスの山岳地帯で1シーズンを過ごしたといいます。卒業後、1度は北海道を離れ、三重県の高校教師になりましたが、北海道で過ごした日々が忘れられず、舞い戻ったのがニセコのスキー場でした。
そこで生涯の伴侶となる千葉県生まれの真実(まみ)さんに巡り合いました。
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『蝦夷富士小屋』内装。こちらは1階ホールの様子
「羊蹄山の9合目の避難小屋管理をしてくれないか?」、こんな話が持ち上がったのは20年前。35歳のときでした。
「ふもとの町の人脈や、それまで山で得た経験もあり、羊蹄山への荷上げなどを手伝っていましたが、前任の管理人の方が退くという話がありました。周囲の勧めもあって、管理人の仕事をすることに決めました」
本気で山に託した人生は、ここから始まったのです。
あれから20年。地元の人たちは、異口同音に言います。「羊蹄山のことなら、近藤さんに聞け」
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雪が積もった外観も非常に趣きがあって美しい
近藤英輝さんが、これほどの信頼を得ているのは、自分だけの力によるものではないようです。
4年前、羊蹄山のふもとにオープンした『蝦夷富士小屋』。ここに家族ぐるみで住んでいること。近藤さん、奥さんの真実さん、長女の光峰(みお)ちゃん、長男の真峰(まお)くんの4人が一緒に『蝦夷富士小屋』に住み、お客様を迎え入れていることが、厚い信頼感を生んでいるのでしょう。
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長女の光峰ちゃん(左)と長男の真峰くん(右)
近藤さんは言います。「山で育った子どもは、たくましく健康で、対応力があると思います。おもちゃなど与えなくても、子どもたちは何でも道具にして遊べるんです。そこから豊かな感受性が育ちます。必要なことの全てを自然が教えてくれる。
山には大病院も無い。学校もありません。ですから、その年齢になったら、札幌へでもどこへでも出してやる覚悟はあります。でも、いまは人間としての大切な基礎の部分を、自然の中でしっかりと身に付けてやりたいんです」
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子どもたちは羊蹄山の自然に囲まれてのびのびと育つ
双子の光峰ちゃんと真峰くんは、いま5歳。羊蹄山の恩恵を小さな体いっぱいに吸収しながら、『蝦夷富士小屋』のアイドルとしてお客様を迎えています。
山を目指す沢山の親子。その共通項は、親子の仲が親密なことだと言います。ある日、やってきた70代の父親と30代の息子さんは、どちらもお医者さんでした。親子そろって医師とは、何とうらやましい人生~と思いきや、父親はポツリポツリと語り始めたといいます。
「私は『勉強、勉強』と、この子を締め付け過ぎました。そのために彼の精神をひどく傷つけてしまった。本当に申し訳ないことをしたと後悔しています」
こんな父親の告白を、息子はジッと聞き入っていたといいます。そして翌朝、2人は元気に頂上を目指して出発しました。
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薪が傍らにストックされたストーブ。とても暖かそうだ
羊蹄山はいま、紅葉の時期の後半を迎えています。ハラハラと舞い落ちる枯葉の下で、近藤さんは避難小屋や登山道の整備、そしてストーブ用の薪割りに余念がありません。厳しく優しい羊蹄山の冬は、もうすぐそこです。
上柳昌彦 あさぼらけ
FM93AM1242ニッポン放送 月曜 5:00-6:00 火-金 4:30-6:00
朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ