【ライター望月の駅弁膝栗毛】
昭和初期の完成から、およそ90年の歴史を刻む仙山線の「第二広瀬川橋梁」。
鋼鉄の橋げたを用いたトレッスル橋として選奨土木遺産となっており、山陰本線・餘部橋梁が架け替えられた現在、昭和初期の鉄道風景を色濃く残した貴重な橋となっています。
東日本大震災の激しい揺れにも耐え、いまも仙台と山形を結ぶ列車が毎時1~2本、大きな音を立てて鉄橋を渡っていきます。
そんな仙山線の列車が発着する仙台駅で、98年の歳月を刻み、再来年2020年には、創業100周年の節目を迎える駅弁屋さんが「株式会社こばやし」です。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第12弾、小林蒼生代表取締役のインタビュー・完結編!
駅弁のこれからを語っていただきました。
―これからの駅弁、どうやって盛り上げて行きたいと思っていますか?
「bento」はすっかり“国際語”になって来ています。
駅弁屋さんのなかには、海外に進出される会社も出て来ました。
やはり「弁当文化」は、日本特有のものです。
特に幕の内弁当のような手の込んだ作りをしている弁当は、他の国にはまずありませんから、「日本の食文化」がギュッと詰まった弁当であることをもっと分かるように売っていくなど、いろんな盛り上げ方があると思います。
―日本の方にも、もっと「駅弁」を知っていただきたいですよね?日本の方には「古くて新しいもの」として、いろんな種類の弁当を作って差し上げることが大事になって来ると思います。
ただ、国内で輸送をはじめとしたコストが重くのしかかって来ています。
駅弁は、一定の原価率を超えて来ると、商売として厳しくなります。
この原価率を切った上で、いかに付加価値を出して行くかが重要になります。―原価率にこだわる理由は?
そこを厳しく守って行かないと、これから予想される人件費アップをはじめ、様々なモノの値段がアップして行く状況には対応できないと危機感を持っています。
いままで以上に素材を見極める力、目利きの力が大事になって来ています。
この原価率を切っても、キチッと管理をすれば、いい原材料はちゃんと手に入ります。
その上で、ある程度大きな規模で生産して大量仕入れを実現し、コストを下げる努力をして行かないといけない…。
駅弁屋自体に“ボリューム”がないと生き残って行けない厳しい時代だと思います。―再来年の「こばやし」100周年に向けて、取り組んで行きたいことは?
何と言っても、従業員の皆さんが働きやすい環境を作っていくこと。
駅弁屋の究極の課題は、365日無休の商売ということです。
嬉しいようで哀しくて、必ず誰かが働いていないといけません。
給与を上げる、休憩所を充実させる、さらには深夜労働にかからないように、機械化できるところは出来るだけ機械化を進める…など、いろいろやるべきことはあります。
これから人手不足が深刻化するなか、一度勤めていただいた方を、いかに長く勤めていただけるような環境にして行くかがカギだと思います。
―お客さまに向けてはいかがですか?可能な限り、「無理がきく」会社でありたいと思っています。
お客さまにとっては「美味しい弁当を作ります!」と言い続けるよりも、いざというとき、まさかというときに、ちゃんと「こばやしの弁当がある」というほうが、きっと嬉しいと思うんです。
もちろん、出来ることと出来ないことはありますので、そこの線引きはしっかりとしますが…。―「駅弁膝栗毛」はできるだけ鉄道で、できるだけ現地でいい景色を眺めながら、駅弁を味わってほしいというコンセプトでやっていますが、小林社長お薦め・仙台周辺の車窓は?
仙台の肋骨線、「仙山線」と「仙石線」ですよ!
ロングシート車も多いですが仙山線や仙石東北ラインの列車ならボックスシートがあります。
以前「こばやし」が支店を構えていた作並から山寺にかけて紅葉を見るのもよし、松島の風景を眺めていただくのもイイと思います。
最近「駅弁」も遠隔地で委託生産される場合がありますが、やっぱり「駅弁」は自分の土地でちゃんと作って、出来ればその地でいただくのがいちばん美味しいと思います。
(株式会社こばやし・小林蒼生代表取締役インタビュー、おわり)
東北本線・塩釜から、新たに作られた非電化の連絡線を通って、仙石線に入るハイブリッド車両の導入で、仙台~石巻間の速達化を実現した「仙石東北ライン」。
随所で日本三景・松島の車窓を楽しむことができる列車でもあります。
海を眺めていただくなら、やっぱり海鮮系の駅弁がピッタリ!
「黄金 うにと数の子いくらがけ」(1,350円)をご紹介しましょう。
【お品書き】
・うに酒蒸し
・味付け数の子
・いくら醤油漬け
・蓮根甘酢漬け
・味付けご飯(宮城県産環境保全米ひとめぼれ使用)
手に取ると、包装が眩しい!
ふたを開けると、さらに黄金に見立てた「うに」と「数の子」を贅沢に盛り込んだ弁当というだけあって、うに・数の子・いくらがキラキラと輝いています。
ちなみに石巻・女川が玄関口となる「金華山」は、日本で初めて金を産出し、朝廷に献上されたという伝説が残る信仰の島。
このエリアを訪れるなら、やっぱり景気よく、“黄金”の駅弁を選びたいものです。
小林社長に話を伺って感じたのは、「駅弁屋=食のインフラ」としての矜持です。
常に仙台駅の近くに本社を構え、鉄道の異常時には炊き出しに従事してきた「こばやし」。
それが災害への備えを強化し、実際の震災でも翌日から弁当作りを行いました。
途切れることなく弁当を作り続けるために、どんな形でも健全な経営を保つ。
「いざというときに、ちゃんと弁当がある」という言葉には、鉄道の構内営業権を認められる代わりに公共交通を支える使命を担ってきた、老舗駅弁屋さんならではの哲学が見えて来ます。
新幹線で牛たん弁当の紐を引き抜いて温まるのを待つ間、そんな駅弁の作り手の使命感に思いを馳せてみると、いままでよりも一層、美味しくいただくことができると思いますよ!
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/