【ライター望月の駅弁膝栗毛】
E5系を使用し、最高時速320kmで運行する、東北新幹線の「はやぶさ」。
仙台から最も速い列車ですと、大宮まで67分、東京までは90分で走り抜けます。
東北新幹線のお楽しみといえば、お酒好きの方には「ほや」のおつまみ。
そして駅弁好きには、仙台駅の「牛たん」駅弁でしょう。
ちょうどお腹いっぱいになった頃には、「間もなく大宮…」の車内放送が聞こえてきます。
全国の駅弁屋さんの厨房にお邪魔して、そのトップの方にお話を聞くシリーズ企画「駅弁屋さんの厨房ですよ!」の第12弾は、仙台駅弁「こばやし」の小林蒼生(こばやし・しげお)代表取締役にお話を伺っています。
牛たん駅弁の開発秘話に続いて、今回は牛たん駅弁を継続的に販売していく上でのご苦労をお話いただきました。
―いまでは数々の牛たん駅弁を出されていますが、焼き方にこだわりはありますか?
私は「牛たん」は塩がいちばん美味しいと思っています。
塩も例えば、最近は塩竈で作っている「藻塩」のような天然塩を使って胡椒とミックスするなど工夫したり、塩を振ってから“熟成”させるようなこともやっています。
最初は全部炭で焼いていましたが、1日5,000食から10,000食の「牛たん弁当」が必要になって来ますと追いつきませんので、「網焼き」という原則は変えずに焼いています。
―「こばやし」の牛たん駅弁で、仙台限定で販売するものは「非加熱」式のほうが多いように感じているのですが、これはどうしてですか?輸送距離が短いので、出来たてのやわらかい状態で味わっていただけるからです。
さらに、加熱式容器を使う場合、どうしてもほかの容器と比べて値段が高くなってしまいます。
その容器にかかるコストを、より美味しい肉を使うほうに振り向けています。
当初は3ミリしか焼くことが出来なかった牛たんも、焼きの技術が上がったことで、短い時間で厚い牛たんも焼くことが出来るようになりました。
加熱式でなくても、元が柔らかいので、冷めた状態でも十分に美味しくいただけます。―仙台の「牛たん」文化は、輸入によって支えられていることを考えますと、ご苦労も多いでしょうね?
これだけ人気が全国区になってしまうと、完全に需要と供給のバランスが崩れてしまっているのが不安材料です。
2000年代初め、BSE(牛海綿状脳症)問題で、牛たん駅弁は大きな影響を受けました。
それまで「こばやし」でもアメリカ産を使っていましたが、騒動の際はニュージーランド産とオーストラリア産に切り替えました。
―産地の違いが、どのように味わいに差が出て来るんですか?アメリカ産とオーストラリア・ニュージーランド産の牛肉では、エサが違うんです。
アメリカ産は穀物をエサにしていますが、オーストラリアとニュージーランドは草がエサなので、どうしても、草の匂いが気になるという方が出て来るんです。
現在はニュージーランド産を使いながら、一部フランス産も入れてバランスを取っています。
じつは「牛たん」も、中国での需要が拡大していて、値上がりが著しくなっています。―仙台の食文化を守るためにも、世界に目を向けなくてはいけませんね?
もしも産地が1カ所でも天候不順になって、エサが獲れなかったりすると、それだけで一気に「牛たん」の需給バランスが崩れてしまい、値段が上がります。
原料の値段が上がると、その分、私たちも値段を上げざるを得ません。
「牛たん」は非常に波動が激しい食材ですが、その波に乗っていかないといけないんです。
外国産の食材に依存するのには、怖さもあるんです。
―国産の「牛たん」には出来ないんですか?確かに国産を使えばいいじゃないかとおっしゃる方もいると思います。
1度試算したことがありますが、国産の黒毛和牛で牛たん駅弁を作ったとすると、価格帯はどうしても4,000円台から5,000円台になってしまうんです。この価格ではまず売れません。
そして、そもそも商売が成り立つほどの牛たんも取れません。―そのなかで、最近の加熱式では「極撰炭火焼き牛たん弁当」が人気ですよね?
こちらは製造個数が少なめなので、原則として炭火焼きです。
特製塩だれに漬け込んで旨味をより一層引き出した牛たんは「7ミリ」のものを使っています。
こうして厚切りの牛たん駅弁を出すことが出来るのは、いまは比較的、牛たんの供給が安定しているお陰でもあります。
駅弁の「牛たん弁当」を召し上がっていただく方が増えたことが、さらに“仙台の牛たん”というものを、“全国区”の人気に押し上げてくれたのかなと私は思っています。
(株式会社「こばやし」・小林代表取締役インタビュー、つづく)
【おしながき】
・麦飯(お米は宮城県産環境保全米ひとめぼれ使用)
・牛たん焼き
・花人参煮
・万来漬け(胡瓜、大根、人参、みょうが、菊、しその実)
・七味唐辛子
3ミリから始まり、7ミリ、10ミリと、どんどん厚くなる牛たん。
さらに、焼きの技術も向上して、「こばやし」の牛たん駅弁は、いまも進化を遂げています。
ただ、加熱式容器は、飛行機では危険物扱いとなってしまうため、持ち込みが出来ません。
その意味では、加熱式駅弁は「鉄道旅ならでは」の魅力。
レールの音と移り変わる車窓を楽しみながら、加熱式容器の紐を思いっきり引き抜いて、ほかほかの湯気と共に、香ばしい牛たんの香りを楽しみたいものです。
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/