猫との縁はクリスマス 老婦人と孫の思い出を彩ったシャム猫の物語
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【ペットと一緒に vol.123】
クリスマスが縁で、ある老婦人が初めて猫を飼うことになりました。老婦人が選んだのは、ブルーの瞳が美しく、スラリと伸びた黒いしっぽが印象的なシャム猫。現在とはかなり違う、30年前の飼い猫ライフとともに、筆者の祖母と愛猫とのエピソードを紹介します。
猫との縁は、クリスマス
筆者が小学生の頃、祖母は猫を飼っていました。実は、クリスマスプレゼントに何がいいか聞かれた筆者が「猫が欲しい」と毎年言っていたのがきっかけで、祖母に「猫と暮らしてみたいな」という発想が湧いたようです。
その頃筆者の家には犬がいたので「もうこれ以上、ペットは無理」と母から言われた筆者が、よく訪れる祖母の家で猫を飼ってもらえるようにお願いしたのでした。
祖母の家にやって来たのは、シャム猫の子猫でした。黒と白のシャム猫の外貌を象徴するような名前を付けてほしいと祖母に頼まれ、“ボビー・ディーブラック”という、なんとなくカッコよく聞こえる名前を付けてみました。
祖母と私は“ボビー”と呼び、とてもかわいがりました。筆者はそれに猫なで声で「ボビーちゃ~ん」と、追いかけまわし……。
その結果、ボビーは私の顔を見ると逃げるようになってしまったのです。
やはり猫は、自分から寄って来てくれるのを待つもので、アプローチしすぎては嫌われるのだという当たり前の現実を目の当たりにして、10歳だった筆者はひどく落ち込んだのを思い出します。
30年前のワイルド猫ライフ
30年前は、都内でも飼い猫を自由に外に出す人がほとんどでした。ボビーも朝食を終えると、はりきって外へ出かけて行き、よく戦利品を持ち帰って来ました。カエルにスズメにセミに……。食べるわけではなく、半殺しの状態で足先でパンパンとはたいて遊んでいて、筆者は祖母と棒立ちで見守りながら「ううう……」と、胸が苦しくなったものです。
その後再びハンティングをしに行ったボビーが残した死骸は、祖父と一緒に庭に埋葬しました。「うちのボビーが、ごめんね」と手を合わせながら。
一度だけ、ネズミを捕まえたことがあります。屋根裏の倉庫にネズミが発生したことがあり、それをくわえて倉庫から降りて来たときは、本当に驚きました。
月に1度投与すれば良いような現在主流のノミ・ダニ駆除薬も当時はなかったため、ボビーにはよくノミがついていました。ノミ取り櫛で、祖母と必死になってノミを集めては、水を張った洗面器にノミを浮かせて退治したものです。
春から秋にかけての猫の発情シーズンには、メスのもとにオスが集まります。ボビーもメスをめぐり、オスと喧嘩をしたのでしょう。何度も、目の上に大きな傷を負って帰宅をしました。動物病院から帰ると、ボビーはベッドの布団に潜り込んだまま何日も出て来ません。そうして数日かけて傷が癒えると、また外へ出て行くのでした。
いま思えば、30年ほど前の猫との生活では、猫の野性味を感じずにはいられませんでした。
猫のいる豊かな毎日
祖母はボビーと暮らし始めてから、明らかに笑顔が増えました。
買い物に出かけて帰宅すると、祖母は玄関の門扉を開けながら「ボビー」と呼びます。すると、「ニャーーーンッ」というボビーの低くかすれた声が鈴の音とともに遠くから響いて来ます。鈴の音はあっという間に近づいて来て、祖母や筆者の脚にボビーはスリスリと自分の頭や体を何度もくっつけてきます。
愛犬とは違う喜びの表現がかわいくて、筆者も笑顔になったものです。
シャム猫は人なつっこいと言われます。ボビーも例に漏れず、客人にも「ニャ~ォ」とあいさつをすることも多々。それでも、祖母の膝の上にしか上がりません。そんなところが祖母もかわいいようで、来客とのおしゃべりに興じている間、いつも祖母はずっとボビーをなで続けていました。ボビーのゴロゴロとのどを鳴らす音が、横にいる筆者のところまで伝わって来るのも日常でした。
夜も祖母はボビーと一緒。祖母と同じ布団をかけて寝ていました。たまに筆者の布団にも入って来てくれるのですが、そうするとうれしくて緊張してよく眠れなかったのを思い出します。夏の夜は網戸にして寝ていたので、ボビーは自分の手で網戸を開けて、たまに夜にも外出し、朝まで帰宅しないこともありました。
そんなボビーもだんだんと老いて行き、確かボビーが14歳くらになったときだったと思います。夕方に何度祖母が呼んでも鈴の音もしなければ、「ニャーン」という返事もありません。次の日も、その次の日も同様。
「猫は死に際を人に見せたくないって言うからな」と、祖父がポツリとつぶやきました。
「え? そんなことないよ、きっと戻って来るよ」と筆者は祖母の顔を見ながら小さな声でつぶやいたのですが……。
その後、ボビーが戻って来ることはありませんでした。
クリスマスが近づくと、筆者は祖母とボビーのことをいつも思い出します。猫を取り巻く環境が現在とはずいぶん違うものの、時代は違っても猫との暮らしが人々の毎日を豊かにしていたことに変わりはありません。
祖母はクリスマスイブに90歳間近で心臓病によって他界しましたが、それまで長生きできたのは、ボビーのおかげかもしれないと思います。猫をなでると、血圧や心拍数が低下することが科学的に明らかになっているからです。
筆者はいつかまた、猫を迎えたいと思っています。その日はクリスマスがいいなぁ~と、キラキラと光輝くツリーを見ながら、近いかもしれない、少し遠いかもしれない将来に思いをめぐらせずにはいられません。
連載情報
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著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。