貧しくても犬は家族 カンボジアの農村の人と犬のやさしい関係

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【ペットと一緒に vol.124】

貧しくても犬は家族 カンボジアの農村の人と犬のやさしい関係
人と犬はずっと昔から寄り添いながら生活をともにして来たんだな……。そう思わせられる光景に、筆者はカンボジアの農村で出会いました。今回は、筆者が自宅暗室でプリントしたモノクロ写真とともに、カンボジア人と犬との暮らしぶりを紹介します。


農村の動物たち

牛、豚、鶏、そして、犬。カンボジアの農家には、必ずこの4種の生き物がいます。

筆者が北西部の小さな村の一家庭に滞在したときのこと。夜明けとともに、鶏が大合唱を始めました。目覚まし時計のアラーム音を聞くまでもありません。時計を見ると、6時前。もうひと寝入りしたくて再びうつらうつらしたころ、今度はズシズシという足音と「ンンモォ~、モォォ~」という鳴き声があちこちから響いて来ます。

「早朝からにぎやかだなぁ……」と、高床式の民家の階上から下をのぞくと、牛たちの通勤ラッシュの模様。朝靄のなか、農具を抱えたおじいさんやお父さんとともに、歩いて1時間半ほどのところにある水田へと向かっています。この国の牛は、農作業をするうえでの重要な働き手です。

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カンボジア農村部の朝の光景 現在は舗装された道も増えました

鶏や牛に混ざって聞こえるのが、ワンワンと吠える声。朝ご飯のいい匂いを嗅いでか、それとも出勤する家族を見送るためにか、犬たちもいささか興奮気味の様子です。こうして、電気も水道もない村の1日が幕を開けます。動物たちが活気づける朝は、実ににぎやか。

カンボジアと言えば、日本でも近年、サッカー元日本代表の本田圭佑氏がカンボジア代表監督に就任したりして、マスコミに取り上げられる機会も多くなっています。

カンボジアは1993年の総選挙によって約23年ぶりの統一政権が誕生するまで、度重なる戦争やポル・ポト政権下でのつらい国民生活が続いた、タイとベトナムに挟まれた王国。現在は首都プノンペンや世界遺産のアンコール・ワットを有するシェムリアップなどで、経済が急速に発展しています。
とは言うものの、国民の大半が暮らす農村部には、外国援助も経済成長の波もあまり届いていません。

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豚と鶏は食用に、牛は農作業の働き手に、そして犬は家族として農家に飼われています


特別ではない、ただの犬

筆者はカンボジアの農村部に小学校を作るNPO団体の理事をしていたことがあり、現地視察のためにたびたび農村にホームステイをしました。都市部の発展とは縁遠い暮らしをしていても、村の人々は、真昼の太陽のように明るくてやさしいのが印象的です。

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まだ扱えないお父さんの自転車を押しながら、筆者を案内してくれる子供たち

とくに、子供たちにとって一眼レフカメラを随所で構える筆者は興味ある存在らしく、散歩していると、子供たちがゾロゾロとついて来ます。そして、何人もが「チカエ(犬)」の単語を口にして、どうやら家人に「この人は犬を撮りたいみたい」と説明してくれます。

「え? 何で犬なの」という顔をしながらもお母さんたちは、「じゃあ、入って入って」と手招きしてくれるからうれしいものです。けれども家へ近寄ると、「ガォガォガォ」と吠えられてしまうことも多々。そして、異変を察した子豚が逃げ惑い、鶏が走り回り……。「まったく、困ったわねぇ」と、家の人々は照れ笑い。

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農村部の昼の風景

考えてみれば、どこの家も優秀な番犬ぞろいです。近所の住人には吠えないけれど、初対面の人間には威嚇するのですから。もちろん、宿泊している家の犬は私をすぐ客人と認識したらしく、穏やかに接してくれていました。


犬は家族の一員

村の犬たちに首輪はつけられていませんが、それぞれに名前はあります。複数の犬を飼っている家庭も珍しくありません。犬たちはいつも、家の出入り口で子どもを守っているかのように見えます。

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筆者がホームステイをした家で

筆者は世界およそ20カ国の人と犬との暮らしぶりを見て来ました。カンボジアの農村部のように、自分たちが食べるのもやっとという貧しさのなかで犬と生活している人々にとって、日本の家庭犬の暮らしぶりは想像もつかないことでしょう。

一切の娯楽が禁止された、1970年代後半からのポル・ポト政権時代。その状況下で、犬も生活に不要なぜいたく品と見なされ殺されてしまいました。ところがポル・ポト政権崩壊後は、財産として身に付けている金品と数が少なくなった犬とを交換するなどして、人々は飼うための犬を探し求めたのだそうです。

人口の9割以上を占めるクメール族は、アジアにおいて珍しく犬食の史実がない民族。カンボジアの人々にとって、犬は昔から大切な家族に違いありません。

ヤシの木々の間に真っ赤な太陽が沈む夕刻、農作業を終えた牛たちが帰って来ました。すると、犬たちは背後から牛を追い、住宅敷地内の所定の位置へと誘導しているのです。トレーニングされたわけでもなさそうなのに、まるで牧畜犬のような働きをする犬たちに感心せずにはいられません。

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まるで牧羊犬のような仕事ぶり

犬たちは、家族からの愛情にこたえるべく、精一杯働いているように見えます。カンボジア人と犬との関わりあいの原点は、きっといまも農村に息づいています。

※写真の無断使用を禁じます。©Kyone Usui

連載情報

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ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!

著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。

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