被災地を1ヵ月放浪した犬が、人を癒すセラピー犬に
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【ペットと一緒に vol.137】
Akiホリスティック動物病院(東京都八王子市)の院長で赤坂動物病院の勤務医でもある、菅野晶子さん。2011年3月11日の東日本大震災で行き場を失った姉妹犬の新たな縁を、勤務先での出会いをとおしてつなぐことになりました。
発災から約1ヵ月間の過酷な生活を経て
獣医師の菅野晶子さんは2011年5月当時、勤務先の赤坂動物病院に福島からやって来た被災犬のことが、とても気になっていたと言います。
「テリアミックスの姉妹犬が、愛護団体経由で福島県楢葉町からやって来たんです。空腹のあまり、カエルやヘビまで食べていたみたい。それらにしかいない寄生虫が、2頭から検出されたので……。2頭とも暗い表情を浮かべていました。1日でも早くしあわせを手にして欲しいと願いながら診察をしたのを、よく覚えています」(菅野さん)。
2頭は、住民がほぼ避難してしまい無人に近い楢葉町の、人家のまわりをさまよっていたとか。避難する際に愛犬を連れて行けない飼い主が、何とか生き延びて欲しいと愛犬たちを放したケースがあったと言います。あるいは、自力で首輪やチェーンを外して路上にさすらう犬もいたようです。
テリアミックスの姉妹犬が保護された4月8日、愛護団体の関係者は自分たちの危険を顧みずに被災地に入り、残された犬や猫を保護してまわっていたそうです。
「2頭を見つけると、おやつで誘いながら近くまで呼び寄せてリードを付けたみたいですね。どうやら保護した道路の目の前のお宅で屋外飼育をされていたようで、保護したことを知らせる張り紙をしておいたと聞きました。その後、飼い主さんが判明したそうですが、2頭を飼育できる状況ではなかったため、譲渡先を見つけてくださいとのこと。どうしても気になっていたので、1頭は私が引き取ることにしたんです。2011年7月、赤坂動物病院に来てから約2ヵ月後のことでした」(菅野さん)。
姉妹犬それぞれに歩み始めた第2の犬生
菅野さんが引き取ったテリアミックスは、ウメちゃんと名付けられました。ウメちゃんは、保護されてしばらくは砂利やトタンが混じった下痢便をしていたと言います。
「保護されるまで1ヵ月近くありましたから、飢えてあらゆるものを口にしたのでしょう。半年間は軟便が続きましたが、その後は快便で表情も次第に明るくなって行きました」と、菅野さんはウメちゃんを撫でながら微笑みます。
ウメちゃんは菅野さんの同居猫のアサリちゃんともすぐに仲良くなったと言います。
「同じベッドでくっついて寝たりもしていますよ。もともとは姉妹犬のシマちゃんと一緒にいたので、アサリにシマちゃんと同じようなぬくもりを感じたのしれませんね」。
そのシマちゃんは、実はウメちゃんよりもずっと怖がりな性格だったとか。
「人懐っこいんですけど、楢葉町ではそれほど車通りの多いところを散歩した経験がないのでしょう。赤坂の街に連れ出すと、フリーズしてしまって歩けないんです」。
そのせいで、なかなか譲渡先が見つからなかったシマちゃん。ところがある日、従兄弟宅の愛犬が空に旅立ってしまったのを知った菅野さんはふと思いついたそうです。
「岩手県の自然豊かなところに暮らしている従兄弟のもとだったら、シマちゃんは安心して暮らせるのではないかと」。
菅野さんは従兄弟にシマちゃんのことを伝えると、自動車にシマちゃんを乗せてお見合いに向かいました。
「シマちゃん、岩手の従兄弟宅がすごく気に入ったようでしたね。フリーズせず、芝生や土の上を走り回っていて」。
こうして、シマちゃんも2013年9月に新しい家族に巡り合え、現在は毎日生き生きと過ごしているそうです。
セラピー犬を目指すウメちゃん
菅野さんは、JAHA(公益社団法人 日本動物病院協会)のアニマルセラピー“人と動物のふれあい活動(CAPP コンパニオン・アニマル・パートナーシップ・プログラム)”の八王子チームのリーダーとしての顔も持ちます。
温厚で、どこか老成したような独特の雰囲気を漂わせるウメちゃんにセラピードッグとしての可能性を見い出した菅野さんは、ウメちゃんをCAPPボランティア活動に参加させることにしたそうです。現在ウメちゃんは毎月数回、セラピー犬レベルを目指して菅野さんとともに活動中だとか。
「ウメは、ダイナミックな芸を披露したりといった派手さはありません。でも、じっと静かに、そっと寄り添いながら人を癒す力を持っているようです」と、菅野さんは語ります。
ウメちゃんは、さまざまなことに少しずつスローペースで慣れて行くタイプだとか。2014年にAkiホリスティック動物病院を八王子市内に開院した菅野さんのもとで、マッサージのモデル犬を務めたり、最近では院内で定期開催しているノーズワークのセミナーに楽しんで参加するようにもなったそうです。
「ウメとは、一緒に旅行に行くのも楽しみです。去年はひまわり畑で写真を撮りましたが、今年はどこへ行こうかなぁ」と言いながらウメちゃんを撫でる菅野さんの横で、ウメちゃんは体を伸ばしてくつろぎながら寝息を立てていました。
連載情報
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著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。