皇室パレードで見えた、令和の時代のコミュニケーションとは
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フリーアナウンサーの柿崎元子による、メディアとコミュニケーションを中心とするコラム「メディアリテラシー」。今回は、皇室パレードで見えたコミュニケーションの方法について---
【最高レベルの警備体制】
人にものを頼むときは、言葉づかいはもとより、「Yes」と言わせる環境づくりが大切です。頭ごなしに命令されるよりは、自発的に動いてもらうことが望ましいと言えます。お祝いごとのなか、如何に気持ちよく観衆に参加してもらうか…このことに祝賀御列の儀の成否がかかっていました。
「いま、国会議事堂付近を通過されています。もう少しです」
周りは一気に期待の空気に包まれました。赤坂支所前のバス停横は、中継用の大型カメラが陣取り、テレビ局のスタッフやレポーターでごった返しています。
11月10日、天皇陛下の即位に伴って行われたパレード「祝賀御列の儀」。沿道には大勢の人が集まり、翌日の新聞発表では11万9000人が即位をお祝いしました。
皇室のパレードとしては26年ぶりとなった祝賀御列の儀は、最高レベルの警備体制が敷かれました。全国から集結した警察官2万人余り、特別派遣部隊が約3000人、皇室関係の警備を専門とする皇宮警察からは約900人が配備についたと聞いています。
【オープン・コミュニケーション作戦】
皇居から赤坂御所までのおよそ4.6キロの沿道には、鉄柵で囲われた観覧用のブースがいくつもありました。黒いスーツの警備員と、その後ろに制服を着た警察官が、約2~3メートルごとに整列する厳重警戒態勢です。ピリピリと張りつめた空気になるのだろうと想像しました。しかし…。
「午後3時に両陛下が皇居を出発されると、15分くらいでこの付近に到達します」…黒いスーツ姿で髪を短く刈り上げた男性が、観衆に説明しています。
「10キロぐらいのゆっくりとしたペースですので、シャッターを切るチャンスは何度もあります」
「車列は300メートルぐらいありますが、両陛下が乗られたオープンカーは8台目です」
誰かが尋ねたわけではないのに、とても詳細に話しています。その徹底したサービスぶりに、「大丈夫かな? ペラペラしゃべり過ぎて、後で怒られるんじゃないかな?」と心配してしまうほどです。しかし、これは大いなる勘違いでした。
違和感を覚えてしまうほど、積極的な情報提供と説明。それは今回の祝賀行事を滞りなく進めるために、練りに練られた戦略だったのではないでしょうか。私はこれをオープン・コミュニケーション作戦と名付けました。
【相手を敬う心と情報提供】
オーバー過ぎるほど積極的に沿道の観衆とコミュニケーションを取り、情報をオープンにし、不安を解消する。もめごとに発展しそうなリスクを最小限に抑え、笑顔で気持ちよくパレードを見てもらう。その根底には制限する、禁止するのではなく、相手を敬う、信じる気持ちがあると思います。
通常、厳重警備から想像するのはピリピリ感や、研ぎ澄まされた緊張感、ピピーッという笛や拡声器の音ですが、都心は車が走る音も聞こえず、とても静か。風はなく、日向は暖かい。この解放感や気持ちの良さが、オープン・コミュニケーションからもたらされた不思議な感覚でした。
そういえば最初から、いい意味での違和感がありました。午前11時過ぎ、青山一丁目の駅はすでに出入口が限定され、一方向にしか出られなくなっていました。大勢の人に交じって制服の警官や、黒いスーツを着たSPのような人が何十人もいます。黒服のガタイのいい男性が2~3人集まると、それだけで威圧感があるものですが、なぜか凄みは感じられませんでした。
【褒める・ねぎらう】
列に1時間ほど並び、私たちも手荷物検査を受けました。テントのような場所に入り、女性には女性の、男性には男性の警官が話しかけて来ました。
「失礼します。バッグのなかを拝見できますか?」「ファスナーを開けてもよろしいでしょうか?」…とても丁寧な応対です。「ボディチェックを行いますので、奥様はこちらへどうぞ」と、まるでレストランの席に案内されるような言い回しです。
となりのお年寄りには、「どのぐらい並ばれたんですか?」「1時間以上? それは大変でしたね」と、ねぎらいの言葉をかけていました。検査されているのに嫌な気持ちはせず、むしろおしゃべりを楽しむ感覚でした。
「かばんのなかがとてもきれいに整理されていますね」と、夫はほめられたそうです。人間ほめられるとまんざらでもなくなります。それまでより積極的に、ボディチェックに臨んでいました。
【義務付けるのではなく相手にまかせる】
話し好きはどこにでもいます。観客との待ち時間のおしゃべりは、単なる時間つぶしだと感じていました。しかし、話し声はあちこちから聞こえて来ます。
「あの、トイレはここだけですか?」と男性の声がします。3台ある簡易トイレには、すでに50人以上の列ができていました。
「これより先はさらに遠くなってしまいます。でも、もしかしたら赤坂警察で借りられるかもしれません。行ってみないとわかりませんが…」と、少し困った表情の警察官。“気の毒に、並ぶしかないよね”と、誰もが心のなかで思いました。
するとその数分後のことです。「大丈夫です。赤坂署がトイレを貸してくれるそうです。いま、確認して来ました」という声が聞こえて来ました。わざわざ交渉しに行ってくれていたようです。ひとりの警察官の予想を超えた行動に、そこにいる全員が協力的になって行く空気を、どう表現したらよいでしょうか。
多くの人に同じ行動を義務付けるのは、なかなか難しい作業です。どうしても上から命令したり、規則だからと頭ごなしに言い放つことが多いでしょう。
しかし、無理に従わせようとせず相手に任せる。さらには、相手を尊重し、思いやりを持った言葉をかける。そして情報提供は隠さずオープンに。これにより、観衆と警備の双方によい結果をもたらしたのです。
警備に携わる1人1人が実行した積極的なコミュニケーションが、大勢の人を動かし、素晴らしいパレードの成功へと導いたのではないかと、私は思いました。2019年11月10日は、令和の時代のコミュニケーションを象徴する日になりました。
連載情報
柿崎元子のメディアリテラシー
1万人にインタビューした話し方のプロがコミュニケーションのポイントを発信
著者:柿崎元子フリーアナウンサー
テレビ東京、NHKでキャスターを務めたあと、通信社ブルームバーグで企業経営者を中心にのべ1万人にインタビューした実績を持つ。また30年のアナウンサーの経験から、人によって話し方の苦手意識にはある種の法則があることを発見し、伝え方に悩む人向けにパーソナルレッスンやコンサルティングを行なっている。ニッポン放送では週1のニュースデスクを担当。明治学院大学社会学部講師、東京工芸大学芸術学部講師。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修士
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