【ペットと一緒に vol.215】by 臼井京音
フリーカメラマンの太田康介さんは、令和元年台風第19号が襲来した10月12日が近づくと「猫の世話をしていたホームレスの高野さんが行方不明になってから、1年か……」と、思いを馳せずにはいられません。
今回は、前回に続き、太田さんの近著『おじさんと河原猫』(2020年9月/扶桑社)に登場する3人目の“おじさん”と、多摩川の猫のストーリーを紹介します。
猫や犬に信頼されたホームレスの“おじさん”
多摩川の河川敷に暮らす猫の写真を2009年から撮り始め、自身もそのなかの1匹であるシロを保護して家族に迎えた太田康介さん。
「もうすぐ、高野さんと猫たちが多摩川に流されて1年になります。台風19号の襲来直前まで、近くのエサ場やご自分の小屋の周りで24匹の猫を世話していました。いつも笑顔で……」と、青空を飛び交うトンボを見つめながら語ります。
ホームレスの高野さんは、2007年から多摩川の河川敷に暮らしていたそうです。
「空き缶を集めて得た収入で、キャットフードを購入して河原猫たちにごはんを食べさせていたんですよ。とにかく猫が大好きで、笑顔で猫に語りかけたり撫でたりしていた姿を思い出します」(太田さん)
高野さんは、動物愛護ボランティアのメンバーに協力して、猫の世話だけでなく保護犬の散歩なども行っていたと言います。
「猫や犬もまた、高野さんをとても慕っているように見えました」(太田さん)
猫を残して避難はできないから
「実は高野さんが行方不明になっていることを私が知ったのは、今年(2020年)になってからなんです」と、太田さんは振り返ります。
2019年10月12日、台風19号で関東一帯が暴風雨に巻き込まれた際、多摩川の河川敷に暮らすホームレスの多くは避難をしました。
「高野さんは、ホームレス仲間から『逃げよう』と声をかけられても、『いや、河原を離れたことのない猫たちがいるから小屋に残るよ。いざというときは屋根に上がるから大丈夫さ』と言ったとか。それを、あとから高野さんを知る人たちから聞き『えっ、そんな……』と驚きましたし、悲しい気持ちになりましたが、最後の最後までやはり高野さんは猫たちに寄り添い続けたのだと、胸が熱くもなりました」(太田さん)
高野さんの遺体は見つからないため水害による死者としても扱われず、住所がないため行政の記録に「行方不明」として残ることもありません。
けれども、猫の“もみじ”、“おぼろ”、“元気”はいまも高野さんのことを忘れてはいないでしょう。この3匹は堤防の上を縄張りにしていたので、台風で増水した多摩川の濁流に飲み込まれずに済んだのです。
いまは、高野さんが行方不明になる前から連携していた個人ボランティアの村井さんが、高野さんに代わって生き残った3匹の世話を行っているそうです。
「3匹は、いまもきっと高野さんの帰りを待っているに違いありません」(太田さん)
2020年10月12日から、高野さんが愛した猫たちが暮らす一帯で川幅拡張工事が始まり、現在もそこに20匹弱の猫がいるそうです。
「そのなかには、昨年(2019年)の多摩川氾濫時に木に登り、そこで耐えて助かった猫たちもいます。その猫たちの保護活動を仲間と一緒に私も行っていますが、まだ数匹しか保護できていません。人に慣れていない猫が多数を占めるので、保護しても里親が見つかりにくいのが苦しいところです。なので、エサ場の移動も並行して進めています」と、太田さんは言います。
命がけで猫を愛した“おじさん”の思い
太田さんは、高野さんと河原猫の暮らしを振り返りながら、理不尽さも感じると語ります。
「猫を捨てる人は、高野さんのように面倒を見てくれそうな人がいるのを当てにしているんじゃないかな? 捨てたあとも食べ物をもらえて生きて行けそうならば、少しは猫の飼育放棄をする罪悪感が軽くなりますからね。
だけど、高野さんが、どれほどの思いで猫にごはんを食べさせて猫を守っていたことか。そして、猫を捨てるという行為が、高野さんをはじめとする河川敷で動物を世話するホームレスの人々を、どれほど危険な目に遭わせてしまうのか。きっと捨てに来る人は知らないし、考えも及ばないのでしょう」
多摩川の河川敷に暮らすことになった猫たちは、トンビやカラスなどの敵や自然災害や病気と闘いながら必死に生きています。
「簡単に捨てる人もいれば、やさしい人がその命を大切に育む。猫に関するすべての責任は人間にあります。高野さんは、放っておけばすぐに消えてしまうような、弱く小さな猫たちを決して最期まで見捨てることはありませんでした」
太田さんは、高野さんのこと、そしてそのやさしさに満ちた13年間を決して忘れないと語ります。
連載情報
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著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。