大船駅の名物駅弁「鯵の押寿し」は、どのようにしてできるのか?
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「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
令和4(2022)年もいよいよ締めくくり。今年1年、大河ドラマで沸いたのが「鎌倉」でした。この鎌倉市にある「大船駅」は、東海道本線から横須賀線が分岐する交通の要衝です。そして、この駅には、100年以上続く伝統の駅弁「鯵の押寿し」があります。いまはすっかり、東京駅などでも見かけるおなじみの駅弁になりましたが、この「鯵の押寿し」は、いったい、どのように作られているのでしょうか?
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第39弾・大船軒編(第1回/全6回)
東京と伊豆の温泉地を結ぶ特急「踊り子」が、昼下がりの東海道本線を下っていきます。「踊り子」は、昭和56(1981)年10月のダイヤ改正で、特急「あまぎ」と、急行「伊豆」を統合する形で誕生しました。約40年、グリーンストライプの185系電車が活躍しましたが、去年(2021年)から、伊豆の空の色と海の色をイメージしたという「ペニンシュラブルー」をまとったE257系電車によって運行されています。
特急「踊り子」も停車する東海道本線・大船駅の西口から歩いて5分ほどのところに、昭和モダンな雰囲気を漂わせるレトロな建物があります。この建物は、明治31(1898)年から、大船を拠点に駅弁を製造している「大船軒」の本社。数年前に外壁のリフレッシュ工事が行われて、少し明るい雰囲気となりました。駅弁膝栗毛の恒例企画「駅弁屋さんの厨房ですよ!」の第39弾は、「株式会社大船軒」に注目します。
大船軒の名物駅弁といえば、何といっても「鯵の押寿し」(1080円)。大正2(1913)年の誕生から、来年(2023年)4月で110年を迎える、駅弁のなかでも有数のロングセラーです。この「鯵の押寿し」は、いまも大船軒の工場で1つ1つ手作業によって丁寧に作られています。今回は、「鯵の押寿し」がどのようにできていくのか、実際に工場のなかに入れていただき、製造に密着いたしました。
●1枚1枚手作業でさばかれるアジ、人の力で混ぜ合わされる酢飯
18~20℃に保たれた調理場に入ると、包丁を手にした「鯵切り」と呼ばれる担当の方が、1枚1枚アジをさばいていました。最初は地物を使っていたそうですが、現在は九州産、特に対馬海流に乗って日本海に入る身の引き締まったアジを使用。水揚げ直後、三枚におろされ、そのまま冷凍されて大船軒に運ばれると言います。いまの「鯵の押寿し」には1匹から10~12カン程度の身を取ることができる中鯵が使われています。
一方、炊飯のエリアでは、丸いガス釜で炊き上がってきたばかりの白いご飯が盛りだされ、赤酢と混ぜ合わされて酢飯が作られていきます。現在、米は茨城県産のコシヒカリを使用。ブレンドはせず、その年の出来や一定量を確保できる点を加味して、味が美味しいものを、大船軒が選んでいると言います。一方の赤酢は、熟成させた酒粕を原料とした濃潤な酢。アジを〆る酢は別に「鯵酢」があり、こちらは、水・醸造酢・砂糖を配合した酢だそうです。
●関東風ににぎり、関西風に押す「鯵の押寿し」
大船軒の「鯵の押寿し」は“関東風ににぎり、関西風に押す”のが伝統。冷まされた酢飯は、まるで寿司職人さんのようなシャリのふんわり感を実現している専用の機械によってひと口大に握られて、丁寧な手作業で、1枚1枚、アジが載せられていきます。
そして、鯵寿しが入った折に専用の押型を軽く押し当てて、「鯵の押寿し」になっていくわけです。強く押され過ぎていない、絶妙なふんわり感には、職人さんの技が隠れていたんですね。
●いまも進化している「鯵の押寿し」!
折にガリと醤油が詰められ、セロファンが施されてふたをされると、バンドで留められます。スリーブ式の包装とともに割り箸が挟み込まれると、「鯵の押寿し」の完成です。大船軒の「鯵の押寿し」は、昔ながらの酢が効いた味わいが特徴ですが、時代に合わせた見直しも一定期間で行っているとのこと。2021年には酢飯の赤酢を切り替え、添加物を砂糖に変えることで、酸っぱさのなかに、ほのかな甘みを出せるようになったと言います。
【おしながき】
・鯵の押寿し・8カン(酢飯、中鯵の酢〆)
・ガリ
・醤油
ふたを開けると、フワッと漂う酢の香りが食欲をそそってくれる「鯵の押寿し」。規則正しく詰められた押寿しそのものにも、アートのような美しさがあります。九州の西海岸から対馬付近のアジを使っている背景には、昨今の海水温の上昇傾向もあると言います。水温が高い太平洋側は大味になりやすいのに対し、九州の西海岸は若干水温が低くて、海流も早いため、身が引き締まるのだそう。時代の変化で、仕入れのご苦労もあるわけですね。
この秋から運行が始まった特急「鎌倉」が、横須賀線に入ってきました。こちらの列車は、週末を中心に武蔵野線の吉川美南から南越谷、武蔵浦和、北朝霞、新秋津、西国分寺、横浜に停まり、北鎌倉・鎌倉への行楽の便を図っている全車指定の特急。しっかり座席を確保すれば、帰りの列車で駅弁も楽しむことができそうですね。次回は大船軒のトップの方と一緒に、この大船に駅弁が生まれた背景を探ってまいります。
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連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/