「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
駅弁をいただくとき、ご当地らしさが感じられると嬉しいですね。全国各地の名士によって、創業された鉄道構内営業者のなかには、地域貢献を積極的に行ってきたお店も、少なくありません。神奈川・大船の駅弁屋さんもその1つ。いまでは少し形を変えながら、地元の大学とのコラボレーション駅弁を10年にわたって続けています。今年度は少しユニークな駅弁が仕上がったようですよ。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第39弾・大船軒編(第5回/全6回)
朝の通勤特急「湘南」が雪を頂いた富士山に見守られ東京を目指します。長距離輸送を新幹線に委ね、いまは通勤・通学輸送が中心となっている東海道本線。特急「湘南」の前身、「湘南ライナー」は昭和61(1986)年に運行を開始し、湘南から東京への通勤を、快適なものにしました。令和3(2021)年から全車指定の特急「湘南」に昇格しましたが、チケットレス特急券なら、普通列車グリーン車より安くて確実に座れるのがいいですね。
JR東日本の駅ナカビジネスに長年携わってきた大船軒の今野社長。じつは、お父さまも国鉄マンで水戸駅長などを歴任したあと、水戸駅弁を手掛けていた「鈴木屋」(当時)に勤められた経験があるのだそう。令和元(2019)年、大船軒の社長に就任が決まった際は「父が歩んできた道を自分も歩んでいるんだなぁ」と感じたそうです。今野社長のインタビュー、今回は平成から令和にかけての大船軒について伺います。
●伝統の駅弁を守るため、NRE傘下へ
―平成の間、大船軒は新工場を作ったり、会社としても大きな変化がありましたね?
今野:平成9(1997)年に新工場を作りました。この時期、JRの資本が入った会社が構内営業を行う施策が進められた一方、列車の高速化や高い衛生基準が求められる時代になり、駅弁業者の経営が厳しくなっていました。そこで大船軒の販売部門を分割し、日本レストランエンタプライズ(NRE、当時)と共同で、「大船軒トラベルフーズ」を設立しました。平成21(2009)年には、大船軒はNREが出資する会社として新たなスタートを切りました。
―NREの出資会社となった背景と、そのメリットは?
今野:経営が厳しくなっていたなか、多くのお客様に愛されている「大船軒サンドウィッチ」や「鯵の押寿し」といった名物駅弁を守り、経営を立て直していく方法を考えた際、NREの出資によって経営強化を図るのがいいのではないかということになりました。NRE傘下となってからは多品種化を進める一方、いまの東京駅「駅弁屋祭 グランスタ東京」をはじめ、安定した売り場を確保したことで、多くのお客様にお求めいただけるようになりました。
●いまに受け継がれる「富岡家の地域貢献」の志
―そのなかでも、地元・鎌倉との連携は深められていますね?
今野:大船軒創業家の3代目・富岡周吉郎は、鎌倉商工会議所の会頭を務めました。初代・周蔵も私費を投じて橋を架けた人物ですので、もともと、積極的に地域貢献を行っていました。富岡家は鎌倉の有名なお寺の檀家筆頭を務めていましたから、市内に数多くあるお寺の法要の食事なども担っていました。お陰様でいまもお寺さんに「大船軒です」と伺うと、「どうぞ、どうぞ」とスムーズに通していただけます。
―鎌倉女子大学とのコラボ駅弁も長いですよね?
今野:平成24(2012)年の「かまくら旬菜弁当」から始まりましたので、今年(2022年)で丸10年を迎えました。鎌倉女子大学家政学部家政保健学科の高橋ゼミの学生さんたちが、弊社とコラボ駅弁を作っています。学生の皆さんは、これが卒業論文のテーマになるんです。弊社も「鯵の押寿し」をはじめとした、駅弁の購買者層が比較的高齢の皆さんでしたので、若い世代の意見が反映された弁当を作りたい希望があり、コラボにつながりました。
●「駅弁を作りたい!」が大学のゼミ選びの動機に!
―コラボ駅弁は、どのようにして作られていきますか?
今野:学生さんたちが、最初に今年の駅弁の「テーマ」について決め、私たちと話し合いながら、実際の駅弁に落とし込んでいきます。コロナ前は学生さんも一緒に調理場に入って試作したり、駅売店で手売りしていただいたこともあります。コロナ禍で1年だけ企画を休んだ際は、当時の4年生から「駅弁を作りたくて(高橋)ゼミに入ったのに……」という声が上がりました。大変申し訳なかったのですが、こちらとしては本当にありがたい言葉でした。
―今シーズンは、どんな駅弁を?
今野:2022年は12月20日まで「ちから弁当」(780円)を販売しました。大船駅はもちろん、東京駅の「駅弁屋 祭」でも販売いたしまして、会社勤めの女性の方にちょうどいい量と大変好評をいただきました。ちらし寿しに韓国料理の「チャプチェ」を組み合わせる斬新さは、若い世代の韓国人気を反映していますね。最近は学生さんがオリジナルのイラストやキャラクターを描いて、掛け紙に入れ込んでくれるようになりました。
【おしながき】
・ちらし寿し(ちょろぎ、チャーシュー、ちいさいえび、チーズ、ちくわ)
・ちりちきん(チリチキン)
・ちゃぷちぇ(チャプチェ)
・ちゃもち(茶餅)
「頑張っている人を応援したい」をコンセプトに、「ち」で始まる食材とおかずにこだわって作られた「ちから弁当」。ちらし寿しの具材もチョロギ、チャーシュー、ちいさい海老、チーズ、ちくわなど海鮮系のちらし寿しと大きく異なる食材が使われていて、学生さんたちによると色合いや食材同士のバランスを考えるのが難しかったと言います。駅弁屋さんや和食のお店などでは、なかなか無い発想が感じられますね。今シーズンの販売は終了しましたが、来年(2023年)以降もぜひ継続して欲しい取り組みです。
新型の車両もグリーン車が2両連結されている横須賀線の列車。古くは海軍や政府の要人たちに利用されたであろう2等車に由来すると云われ、いまは鎌倉・逗子周辺の高級住宅地などにお住まいの方や、鎌倉への観光輸送にも重宝される存在となっています。それゆえ通勤電車化が進んでも、駅弁をいただきやすい環境が比較的残されてきたのが、東海道本線・横須賀線のエリアです。次回は完結編、気になる合併の話を伺います。
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連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/