大船の駅弁文化を未来へ繋ぐために……大船軒の決断とは?
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「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
年末年始の帰省シーズンが近づいてきました。過去2年、帰省を自粛していた皆さんも、この冬はお出かけになる方が多いかも知れません。帰省のお供には、やっぱり「駅弁」! 東京駅で全国の駅弁を買い求めて実家に戻り、“プチ駅弁大会”を開くと、思いのほか、年配の両親に喜ばれるものです。コロナ禍以降、苦境が続く鉄道業界。「駅弁」もまた、その食文化を未来へつなぐために、各社ともにさまざまな努力をしています。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第39弾・大船軒編(第6回/全6回)
成田空港からの特急「成田エクスプレス」が、終着・大船を目指します。この秋以降は、海外から日本を訪れる方も増えてきました。大船を拠点に駅弁を製造する「大船軒」が、フランス・パリで駅弁を販売した際、フランス国鉄の方から「フランスの各駅にもこれだけ個性に富んだ駅弁を作って欲しい」と云われたと言います。フランス国鉄も羨む「日本の駅弁」。日本で暮らす私たちも、「駅弁」という食文化をもっともっと大切にしたいものです。
長年、JR東日本の駅ナカビジネスに携わってきたという、株式会社大船軒の今野高之代表取締役社長。外食産業では当たり前となったオーダーエントリーシステムの原形を開発されたこともあるそう。今野社長も「若いころに現場を経験できたのが役立っています」と話します。駅弁膝栗毛恒例企画、「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第39弾・大船軒編は、今回で完結。駅弁作りで大切なこと、気になる合併の話も伺いました。
●駅弁とコンビニ弁当は、本質的に違うもの
―今野社長にとって「駅弁作り」で最も大事なことは何ですか?
今野:「ローカル感」だと思います。150年前から、鉄道は人や物の交流を図ってきました。それにより地域が潤い、他の地域の文化が伝わって、より良い暮らしを送ることができるようになり、さまざまな文化を担ってきました。駅弁もその文化の1つです。駅弁業者はローカルを背負った存在で、駅弁は地元の顔ではないかと思います。だから地場の食文化にこだわった、(なかが見えない)蓋を開けたときにワッ! となる弁当が求められているんです。
―最近は、コンビニ弁当との競合が伝えられていますね。
今野:駅弁とコンビニ弁当は、本質的に違うものだと思っています。コンビニ弁当に(ご当地の)名物弁当はあまりありませんが、駅弁には名物弁当しかありません。コンビニ弁当の中味はすぐに変わりますが、駅弁は100年以上続く「鯵の押寿し」のように長い間変わらない「ハレの日」の食べ物です。加えて、駅弁は列車内でいただくことを前提に、周りのお客様に配慮した匂いの少ない作りですし、長い移動時間を考慮して、レンジがなくても食べられる「冷めても美味しい」弁当なんです。
●大船の駅弁文化を「未来へつなぐ」ための合併
―ご当地性がカギの駅弁ですが、「大船軒」は、来年・2023年4月1日に(親会社の)JR東日本クロスステーションと合併するそうですね?
今野:「大船軒」ブランドを残すための合併です。販売と製造を同じ会社とすることで(有機的な動きができるようにしながら)、それぞれの販売拠点も残します。大船駅の売店も、変わらず「大船軒」の屋号のままですし、従業員の整理・解雇も行いません。製造工場は、埼玉・戸田となりますが、事情が許す限りは、そのままお勤めいただけるようにいたします。通勤が厳しい従業員には、新たな職場の斡旋、サポートも行っています。
―これからも「大船の味」は守られるんですよね?
今野:JRとしても駅弁文化を守るために行う合併です。駅弁ファンの皆さまからは、正直、合併の発表後、「大船の観音様と大船軒は、大船になくてはならないものだ」といった厳しいお言葉をいただいたこともあります。それでも合併を行うのは、100年以上にわたり大船で受け継がれてきた「鯵の押寿し」をはじめとした駅弁の味を、これからもできるだけ長く守りたい。そのための取り組みであると、ご理解いただけたらと思います。
●湘南の海を眺めて、大船の駅弁を!
―今野社長お薦め、大船軒の駅弁を“美味しくいただくことができる”鉄道の車窓は?
今野:東海道本線の小田原の先から、熱海にかけて、海がよく見えるあたりでしょうか。かつて「踊り子」号で車内販売を行っていたころは、大船駅で「鯵の押寿し」を積み込んでいましたので、大変多くのお客様にお買い求めいただきました。ぜひ今後も、大船駅から特急「踊り子」号に乗り込んでいただいて、(その昔、アジがよく獲れた)相模湾を眺めて、「鯵の押寿し」を味わっていただきたいです。
―ニッポンの駅弁、これからどのように盛り上げていきたいと考えていますか?
今野:(私も担当しましたが)JRも駅ナカの開発を進め、主要駅では必ずしも駅弁でなくても、さまざまな食が楽しめるようになりました。加えて、東京駅などでは全国各地の駅弁が買えるようになっています。だから、駅弁とその地方が持つ魅力を、改めて見直すことが必要ではないかと思います。まずは、若い皆さんにも「駅弁とは何か」知ってもらった上で、今後、駅弁文化を時代に合わせて、どうしていくのがいいか、考えて欲しいと思います。
コロナ禍では大きな痛手を被った鉄道業界、そして駅弁業界。そのなかで、大河ドラマの放映に合わせて、さまざまな種類の押寿しを組み合わせ、“鎌倉みやげ”とした大船軒の新しいタイプの鯵の押寿しが「鯵の押寿し(桜)」(1400円)です。ドラマ期間中の掛け紙は主役だった北条義時のイラストが入っているのが特徴。裏面は鎌倉幕府初期の13人の重臣たちが描かれた“鎌倉殿双六”となっています。
【おしながき】
・伝承 鯵の押寿し(小鯵)2カン
・カニの押寿し 2カン
・サーモンの押寿し 2カン
・海老の押寿し 2カン
・ガリ
「鯵の押寿し 桜」は、小鯵を使った「伝承 鯵の押寿し」をはじめ海老・カニ・サーモンの4つの味が楽しめる詰め合わせです。この“鎌倉みやげ”として販売される押寿しの詰め合わせは全4種ありますが、小鯵を使った「伝承 鯵の押寿し」が使われているのは、桜だけ。サーモンは味噌漬けでひと味違うのも面白いですね。もちろん手作業で丁寧に作られています。来年以降も、押寿しを作る道具や機械などは同じものが使われるそうです。
特急「踊り子」号が伊豆や箱根の温泉へ向かう人たちをいっぱい乗せて、大船駅を発車していきます。富岡周蔵のアイデアが生み、このまちが育んできた「サンドウィッチ」や「鯵の押寿し」の駅弁文化は、2023年春からも、「大船軒」のブランド名と共に残ります。鎌倉の子ども達が使う学校の副読本にも載り、ふるさとの誇りとなってきた大船軒の駅弁。年末年始、鎌倉周辺の神社仏閣へお出かけの際には、ぜひ味わいたいものです。そしてこれからも、地元の皆さんの心に寄り添った駅弁を作り続けて欲しいと願います。
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連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/