「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
新大阪、京都、名古屋、新横浜、品川、東京、上野、大宮、仙台、盛岡、八戸、新青森、新函館北斗。いま、青森・八戸の老舗駅弁屋さんが製造する駅弁を置いている、新幹線停車駅です。この駅弁屋さんは「分とく山」「銀座九兵衛」「WAGYUMAFIA」といった名店とのコラボ弁当も作っています。その背景には、「美味しいものを届けたい」というトップの思いがありました。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第44弾・吉田屋編(第6回/全6回)
白亜の鮫角灯台の下、岩場にへばりつくように、八戸線の列車がゆっくり走っていきます。鮫角灯台は、全国有数の漁港・八戸港に入港する船の目印として、いまから85年前の昭和13(1938)年に造られました。いまでは週末を中心に一般開放されており、鮫駅からは「種差海岸遊覧バス うみねこ号」も運行。列車とバスを乗り継いで、蕪島や種差海岸と合わせて巡ることができます。
港町・八戸は「朝市」のまちでもあります。なかでも日曜日の朝に開かれている「館鼻岸壁朝市」は、約300店が出店する巨大な朝市です。観光客や地元の方が入り混じって、早朝から元気あふれる1日を過ごすことができます。会場へは、八戸線・陸奥湊駅から徒歩10分ほど。日曜の早朝には、八戸5時33分発の臨時快速「縦鼻岸壁朝市号」も運行されており、八戸駅周辺の宿泊でも、気軽に朝市へ行くことができます。
朝市同様、パワフルに活躍されているのが、八戸を拠点に駅弁を製造している株式会社吉田屋の吉田広城代表取締役社長です。吉田社長が手にしているのは、7月12日から会員制の料理店「WAGYUMAFIA(和牛マフィア)」とコラボした『WAGYUMAFIA ULTRA BENTO』のパッケージ。東京・品川・京都・新大阪の東海道新幹線改札内にある一部の「デリカステーション」で販売されています。この駅弁ができた背景なども訊きました。
●八戸から全国進出して、気付いたことは?
―いまでは八戸駅だけではなく、さまざまな駅に進出されている「吉田屋」ですが、進出して気付いた点はありますか?
吉田:駅によって売れる駅弁は違うということです。八戸は昔もいまも「八戸小唄寿司」です。東京はダントツで「こぼれイクラととろサーモンハラス焼き弁当」です。函館は肉系です。函館を訪れる観光客の皆さんを見ますと、前日は海鮮料理を食べて、朝は朝市へ行って海鮮を召し上がってくるんです。つまり、既に海鮮盛りだくさんの状態で駅へいらっしゃるわけです。そうなると、やっぱり函館で売れるのは、肉系の弁当になりますね。
―吉田屋は、東京の有名店と積極的にコラボレーションもされた「一流レストランセレクション弁当」も作られていますが、きっかけは?
吉田:東京駅に少し高級駅弁を揃えた「ニッポンの駅弁」という売場が設けられたことがありました。このとき、「分とく山」さんとコラボ弁当を出したのが最初です。最新の「WAGYUMAFIA ULTRA BENTO」(5500円)は、東海道新幹線のグリーン車に乗車されるお客様にふさわしい「日本文化が詰まった食」を提供したいというところから始まった弁当です。名店の方たちからすると、「駅弁」はチャンネルの1つなんです。
●駅弁は「満足の上を行く」もの
―吉田社長にとって、「駅弁作り」でいちばん大事なことは何ですか?
吉田:駅弁は日本固有の「文化」だという認識をすることが第一です。各地の特色ある食を1つの折箱に詰め、地域の食として「育て」、その文化を「維持した」のは日本だけです。駅弁は「ハレの食」ですから、食べるときにはワクワク感が必要です。そのワクワク感のさらに上を行くことが、「駅弁」に求められていると思います。「満足の上を行く」を社是の1つとしています。駅弁において安全は当然、いちばんに「美味しい」がないとダメなんです。
―「売れる駅弁」は、どんな駅弁だとお考えですか?
吉田:リピーターが3分の2、新規のお客様が3分の1くらいでないと、「売れる状態」をキープできているとは言えないと思います。例えば、東京駅の「駅弁屋祭 グランスタ東京」でお客様を観察していると、新規の方は売場をぐるぐる回りながら迷われています。逆にリピーターの方は決め打ちでお求めになります。そしてSNSが普及したいまは「映える商品」です。味で“同点決勝”になったら、どうしても見栄えがきれいな方をお客様は選びます。
●夢は「冷凍駅弁」の輸出! 三陸の風を感じて「駅弁」を!!
―ニッポンの駅弁をどのように盛り上げていきたいですか?
吉田:伝統と革新の両輪が文化の継承になっていくと思います。その次の段階としては「冷凍弁当」。これを海外に出荷したいです。日本の人口は減り、それをカバーするため海外からの労働者が多く入ってきます。その海外の方に合わせた弁当を開発して、リピーターを海外で創出していきたい。日本で食べた弁当のノスタルジーを海外で感じていただこうというわけです。これからは「日本」という括りで駅弁を捉えていく時代だと思います。
―吉田社長お薦め、吉田屋の駅弁を“美味しくいただくことができる”鉄道の車窓は?
吉田:三陸の風の匂いを感じて欲しいので、「八戸線」で召し上がっていただくのが最も美味しいと思います。少し前に八戸でロケが行われた映画『マイ・ブロークン・マリコ』では、八戸線の列車で弊社の弁当を召し上がるシーンが撮影されました。あのシーンを観て、改めて「駅弁のルーツってここだな」と感じましたね。鮫の市街地を抜けた先の、階上から久慈にかけての景色を楽しみながら、駅弁とともに「風土」も味わっていただきたいです。
映画『マイ・ブロークン・マリコ』のワンシーンで主演の永野芽郁さんが召し上がったという駅弁が「津軽海峡 海の宝船」(1580円)です。映画公開後の舞台挨拶等でも、こちらの駅弁の美味しさについて伝えているメディアもあり、映画スタッフの皆さんの間でも評判になっていたようです。すでに発売から10年以上経って、数ある八戸駅弁の熾烈な競争を勝ち抜き、継続して販売されています。
【おしながき】
・酢飯(青森県産まっしぐら使用)
・蒸しうに
・いくら醤油漬け
・とびうお卵醤油漬け
・スクランブルエッグ
・きゅうり酢漬け
・野沢菜辛子漬け
・しば漬け
・ガリ
ふたを開けると、酢飯の上にうにといくら、スクランブルエッグなどが彩りよく盛られていて、華やかな印象を受けます。甘さや塩味、酸味など、さまざまな味覚が口のなかではじけます。海を眺めながら、列車のなかでいただくにはピッタリの駅弁と言えましょう。駅弁が売れず、もがき続けていた時期は、東京駅の「駅弁屋 祭」で、ひたすらどんな駅弁が売れるのか観察していたという吉田社長。その隠れた努力があって、いまの人気駅弁があるんですね。
青森から岩手にかけて東北新幹線「はやぶさ」が、東京へ向かって走り抜けていきます。「仕入れ営業、販売営業、駅弁プロデュースが、社長の3つの仕事」と、話す吉田社長。営業継続も危ぶまれる状態から必死で会社を建て直し、できることは何でもやろうという強力なリーダーシップは、駅弁業界随一と感じました。八戸から日本全国、そして世界へ。最高時速320kmの「はやぶさ」の疾走感と、老舗駅弁屋さんの姿勢がふと重なりました。
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連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/