北海道・森駅の名物駅弁「いかめし」は、どのようにして出来るのか?
公開: 更新:
「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
「いかめし」と聞くと、駅弁のイメージが強いですね。生まれたのは、北海道・道南にある函館本線の森駅。百貨店の北海道物産展や駅弁大会で「いかめし」にお目にかかったことがあるという方も多いことでしょう。お住まいの地域によっては、そろそろ年末の北海道物産展の時期。今回は、東北・北海道新幹線と特急「北斗」を乗り継いで、森駅を訪ね、「いかめし」作りの職人さんに密着いたしました。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第47弾・いかめし阿部商店編(第1回/全2回)
北海道の函館~札幌間を、函館本線・室蘭本線・千歳線経由で3時間半あまりかけて結んでいる特急「北斗」。途中の新函館北斗では、北海道新幹線と接続して1~2時間おきに運行されており、道央と道南を結ぶ大切な足となっています。雄大な車窓も魅力の1つで、とくに内浦湾(噴火湾)沿いを走る区間は、天候に恵まれると、青い空、青い海が窓いっぱいに広がって、旅の疲れを癒してくれます。
北海道新幹線から「北斗」に乗り継ぐと、最初に真っ青な海が広がるのが、函館本線の森駅です。森といえば、何といっても名物駅弁「いかめし」。この「いかめし」を作っているのが、森駅近くに本社を置く「株式会社いかめし阿部商店」です。駅弁膝栗毛恒例企画「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第47弾は、いかめし阿部商店の本社に伺って「いかめし」の製造を見せていただきました。
製造工程を見せていただく前に、森の「いかめし」の基本情報を簡単におさらいしましょう。誕生は昭和16(1941)年、82年の歴史を誇るロングセラー駅弁です。当時、豊漁だった函館近海のスルメイカに着目、イカに米を詰め、煮付けて作られるようになりました。現在は森駅前の柴田商店とローソン富士見店で販売(880円)している他、北海道物産展、駅弁大会といった百貨店の催事でもおなじみの存在です。
(注)「いかめし阿部商店」本社での販売はありませんのでご注意ください。
●こだわりの「冷めてもやわらかい」イカは、世界から!
いかめし作りは、流水でイカを洗うところから始まります。1つ1つ手作業で洗い上がると、うるち米ともち米をブレンドしたお米が詰められていきます。こだわりは何と言ってもイカ。昔は地元のイカを使っていましたが、噴火湾産は餌の関係で冷めると固くなりやすいため、煮て冷めても、やわらかく食べやすいニュージーランド産のイカに行き着いたそう。いまも地元で獲れるイカのサイズを意識しながら、世界各地から仕入れているといいます。
いかめし阿部商店の「いかめし」、何とレシピがありません。すべて職人さんの口伝で、調理法が受け継がれているといいます。ご飯もうるち米ともち米を使うことと、「イカのだいたい3分の1くらいお米を入れる」ということが伝わっているだけ。職人さんが、米を手に持ったときの感覚だといいます。じつは「いかめし」には、昔ながらの駅弁づくりがそのまま奇跡的に残されていたんですね。
●イカを2度煮て、1つ1つおよそ40分かけて作られる「いかめし」
といだ米が詰められ、爪楊枝で留められたイカは、まず沸き立ったお湯が入った大鍋で、20分ほど煮ていきます。「いかめし」作り何十年もの職人の皆さんは、途中で鍋の様子を見ながら、適宜、大きなヘラでかき混ぜたり、灰汁取りをしていきます。赤く色が変わったイカは鍋から上げられると、今度は醤油とざらめをベースに作られた煮汁の鍋に移されて、さらに20分ほど煮ていきます。
イカが煮汁に移されていくと、さらに甘辛のいい香りが広がります。その所作1つ1つも、丁寧でありながら手際が良く、職人さんの愛情もたっぷりと注がれているのがわかります。いかめし阿部商店の今井社長によると、決まったたれも無くて、煮汁をつぎ足すことも無く、たれのキレが無くなってくると、1日3回ほど鍋を変えることもあるそうです。変えた後は、その都度、職人さんが長年の経験で「いかめし」の味をつけていくといいます。
●いかめしの味は「一期一会」
今回、今井社長にも現場の職人さんにも、「森で作るいかめしと、催事で作るいかめしに違いはありますか?」と少し意地悪な質問をしてみました。皆さん共に作り方は一緒だが、森でいただくと一層美味しいとおっしゃっていました。ただ、森の本社ではガスの火で炊いているものの、催事では安全上の理由で電磁調理器を使うため、火の通りに気を遣っているとのこと。その意味では、食通の皆さんにとっては、食べくらべも楽しそうです。
今井社長曰く、「いかめしの味付けには正解が無い」のだそう。その日、そのときによって、求められる味付けが変わるといいます。森で「いかめし」を作っている熟練の職人さんも、その日のイカの量を見て、声を掛け合いながら1分単位で煮る時間を決めていました。「毎回、その職人ならではの味が入って、家庭料理のような良さがある」と、今井社長も胸を張ります。1つ1つの「いかめし」の味は、本当に“一期一会”なんですね。
●ときどき「3個入り」のいかめしが生まれる理由
約20分にわたって煮付けられたいかめしは、鍋から上げられると、送風機の前に置かれ、いい香りを漂わせながら、保存に適した温度まで下げられます。冷まされた上でいよいよ折箱に詰められていきます。詰められてフタがされると、あらかじめ掛け紙をテープで留めておいたセロファンが巻かれて、駅弁「いかめし」の完成。森の工場では町内の販売店やツアー客への積み込みに対応しているそうです。
「いかめし」をいただくときの小さな楽しみの1つが、「2個入り」か「3個入り」かということ。3個だとみかんの小さな袋に出逢ったような、ささやかな幸福感がありますね。じつは3個入りが生まれるのは、小さいイカしか入荷しなかったとき。折箱にいかめしを3個詰めることで、いかめしが出来るだけ箱のなかで動かないように固定して、型崩れしないようにしているんですね。“持ち歩き”への配慮がある点も、「駅弁」ならではの魅力です。
いまから82年前、「いかめし」を開発したのは、いかめし阿部商店初代の奥様・阿部静子さん(旧姓・今井)。戦時中の物資が少ない時代、イカを米と一緒に煮ることで、米が膨らむため、希少だった米を節約しながら、腹持ちがよくなるという時代の要請を受けて生まれた駅弁でもあります。ちなみに、イカに詰めるものとしてジャガイモなども試したものの、やはり、米との相性が最もよかったのだそうです。
少しわがままを言って、出来立ての「いかめし」を輪切りにしてもらいました。じつはここに駅弁の技が隠れています。それは右側のご飯といかの間に少し隙間が生まれていること。職人さんは、敢えて少なくイカに米を詰めていて、米がふくらむことと、冷めたときにイカの身が締まることを考慮しているんです。つまり、冷めたときに「いちばん美味しくなる」ような、駅弁屋さんならではの調理を、いかめし阿部商店の職人さんは受け継いでいるんですね。
かつて、函館本線の森~長万部間を普通列車に揺られて「いかめし」をいただきながらTV番組の収録に協力したことがあります。しかし私がNGを連発、テイク4まで録り直し。結果、約1時間で「いかめし」4箱をいただくことになりました。長万部で下車するころには、8個のいかめしでお腹いっぱい! 新幹線で東京に帰っても、夕飯は要らないほどでした。いかめしのお米の「ふくらみ」を実感することが出来た貴重な体験です。さあ、この「いかめし」を作っているいかめし阿部商店とはどんな会社なのでしょうか。次回はトップの方にお話を伺っていきます。
この記事の画像(全11枚)
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/