それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
上柳昌彦あさぼらけ 『あけの語りびと』
沖縄の秋は、まだまだ夏の日差しです。
真っ赤なハイビスカスが咲く白い浜辺に、犬と散歩をする女性……中型で白に茶のブチ。
ビーグル犬の雑種のようです。
このワンちゃん……、実は、東日本大震災の被災地、仙台市宮城野区の蒲生(がもう)地区で保護された被災犬です。
ではなぜ、沖縄に暮らしているのか、こんな話がありました。
5年前の3月11日、14時57分、沖縄県浦添市(うらそえし)に住む宮里さんの携帯電話に、静岡に住む短大時代の友人から、メールがありました。
「東北で大きな地震があったけど、すみちゃんと、ふじこ、大丈夫かな」
テレビを見ると、只事ではない状況に、宮里さん、体が震えました。
その後、2人の親友と、その家族の安否を確認し、缶詰やペットボトルなど、できる限りの支援物資を送り続けました。
しばらくして、ふと思ったのが被災地のペットはどうしているのか?宮里さんの家でも犬を飼っていたので、そのことが気になったんです。
いろいろ調べると、仙台市動物管理センターで、飼い主の見つからない犬の譲渡会があることを知ります。
ホームページには、10匹ほどの犬の写真とデータが載っていて、その中に、仮の名前、「花子」という犬を見つけ、宮里さん、思わず、「あっ!」と声をあげました。
「その年の6月に死んだ我が家の犬に、そっくりだったんですよ。耳が立っているか、垂れているか、そのぐらいの違いだけで、本当に、よく似ていたんです。これも何かの縁だと、早速、動物管理センターへ連絡したら、え、沖縄から?本当に来られるんですか?と驚かれました。」
電話に出た担当者の小野寺さんに話を聞くと、津波の被害が大きかった蒲生地区で、エサを探し、うろついていた数匹の犬を保護したそうです。その1匹が花子でした。
翌年1月、宮里さんは花子に会いに、仙台に向かいます。
面会した花子に、「こっち来い、こっち来い」と声を掛けますが、目をそむけ、犬小屋の奥に丸まって、中から出てきません。手を伸ばし、頭を撫でると、ブルブルと震え出します。
なつかない花子を、沖縄に無理やり連れて帰っても、ストレスで、逆に命を縮めてしまうのではないか……。滞在した1月22、23、24の3日間、宮里さんは迷いました。
いまの自分にできるのは、この犬を抱きしめてあげることだけ……。宮里さんは、花子をギュッと抱きしめて、この3日を過ごしました。
それを見ていた動物管理センターの小野寺さんが、こんなに愛情を注いでくれるなら、花子も幸せになるだろう、と、沖縄行きを応援してくれました。
仮の名前だった「花子」を改め、宮里さんは、仙台の友人、寿に美しい子と書く、寿美子(すみこ)さんと、富に寿の子と書く、富寿子(ふじこ)さんの2人から、「寿」の漢字をもらって、「寿寿」で「シュシュ」と名付けました。
1月25日、雪がちらつく仙台空港から、ペット用の貨物で、那覇空港へ到着。1月の沖縄は、半袖でも過ごせる陽気です。
沖縄でも、引きこもりがちなシュシュを、散歩に連れ出すと、「お、可愛い犬だね!」と、人が寄ってきます。
シュシュは、知らない人におびえ、特に男性をこわがるんです。
でも、そんなシュシュが、沖縄に来て8日目、大きな変化がありました。
いつものように宮里さんが、シュシュを抱きしめ、体を撫で回していると、よほど気持ちよかったのか、体をゴロンと横にさせ、初めて、宮里さんに、お腹を見せたんです。
「ああ、シュシュが、心を許してくれたんだ!私を、飼い主だと認めてくれたんだ! それを思うと嬉しくて!」
宮里さん、涙が止まりませんでした。
シュシュが沖縄に来た、その年の夏、仙台市動物管理センターの小野寺さんが休暇を取って、様子を見に来てくれました。
「おーい、花子、元気だったか!」でも、その声を聞いたシュシュは慌てて、犬小屋の奥に逃げ込み、感動の再会にはなりませんでした。
「ああ、俺は花子に嫌われたもんだ。でも元気そうでよかった!」
いまは沖縄の暮らしにすっかりなじんだシュシュ。5キロも太り、太陽がふりそそぐ浜辺を散歩するのが、大好きになりました。
2016年10月26日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より
朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ
番組情報
眠い朝、辛い朝、元気な朝、、、、それぞれの気持ちをもって朝を迎える皆さん一人一人に その日一日を10%前向きになってもらえるように心がけているトークラジオ