それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
上柳昌彦あさぼらけ 『あけの語りびと』
「警察犬」と聴いて、どんな犬を連想しますか?
人の命令に忠実で勇敢なジャーマン・シェパード。
警戒心が強く攻撃的なドーベルマン~といったところでしょうか?
今朝ご紹介する「警察犬」は、とても人懐こい愛玩犬=トイプードルなんです。
名前がこれまた可愛い…「アンズ」といいます。
茨城県東海村の警察犬指導士=鈴木博房(ひろふさ)さんがアンズに初めて会ったのは、2013年3月。
所用で立ち寄った動物指導センターでのことでした。
「この犬、もういりません!どうしてもらってもけっこうです!」
と、声を荒げる男性。彼が持っているペット用のかごの隅に身を寄せて、まだ3カ月の仔犬だったアンズは、ブルブルとふるえていました。
男性は、センターに持ち込まれたペットがその日のうちに殺処分になることを知ってか知らずか、「飼い主の私がいらないと言ってるんだから、とにかく、引き取れ!」の一点張り。
鈴木さんは、とっさに言ってしまったそうです。
「分かりました。この犬を私にゆずってください」
鈴木博房さんは、これまで10頭のシェパードを警察犬に育て上げた指導士の大ベテラン。自宅では3頭のシェパードを飼っていましたから、アンズを引き取る人がいたら、あげるつもりでした。
ところが、シェパードたちは小さなアンズを受け入れてくれたのです。
庭に出て一緒に遊ぶ。並んでエサを食べる。特に興味を示してくれたのは、3頭のうちの1頭「アミ」でした。
アンズが悪さをすれば、スッと近寄ってたしなめる。眠くなったり甘えたくなったりしたときは、体を寄せていく。アミの様子はまるで、母親のようでした。
アミは、2011年の警察犬の大会で全国3位を獲得したシェパード。
アンズは、その訓練の様子を見て、地面に鼻をこすりつけて臭いを嗅ぐなど次々に真似するようになったといいます。
訓練をクリアしたアミを「よぅし!アミ、よくやった」と褒めてやると、自分も何かして褒めてほしいという気持ちを全身で表すアンズ。
「アンズ、どした? お前も警察犬になるか?」
しかし、まだまだこれは冗談に過ぎませんでした。
アンズが少しでも、人と過ごしやすい暮らしを送れるように…。
鈴木さんがシェパードたちと一緒にアンズを河川敷の訓練に連れていくようになったのは、そんな思いからでした。
ところが「座れ」「伏せ」「待て」「立て」この基本動作を、アンズは集中力を切らすことなく、こなしてしまったのです。
2014年、アンズは鈴木さんと一緒に、決められたコースを右回り、左回り、折り返し、速足歩行、遅足歩行、「待て」「来い」「前へ」~などという指示に従う『基本服従』という試験にも挑戦!
トイプードルというだけで大勢の人の注目を浴び、途中で幼稚園の園児たちの歓声に反応したり、見学の人たちに笑われたり~と大変でしたが、何とか合格。
他の訓練士や審査員からも「もっと上を狙いましょう」と励まされました。
こうして次々に難易度の高まる試験をクリアしていったアンズ。
新しく家に来たシェパードの仔犬「ディーン」と競い合うように訓練に励むアンズを見つめる鈴木さんの中に新しい夢が生まれました。
「よぅし、本気で警察犬を目指してみるか!」
熟睡すると寝言をうなるアンズ。その背中をポンポンと叩きながら、鈴木さんは夢を決心に固めたといいます。
日本の警察犬は「エアデール・テリア」「ボクサー」「コリー」「ドーベルマン」「ゴールデン・レトリバー」「ラブラドール・レトリバー」そして「ジャーマン・シェパード」の七つの種類に限られていましたが、2015年、茨城県はこの枠をはずしました。警察犬の門戸を小型犬にも開いたのです。
犯人や失踪者の足取りを追うには、トイプードルの歩幅はあまりにも小さすぎます。
訓練中に野ウサギと間違えられてオオタカにさらわれそうになったこともありました。
こうした困難を一つ一つ克服したアンズは、2015年10月、警察犬の審査会についに合格!
翌年、アンズの首には嘱託警察犬の認証メダルがかけられました。
そのメダルの重さに、アンズは少しビックリした表情を浮かべたといいます。
そして去年、アンズはシェパードと一緒に10回ほど出動。メダルに恥じない活躍をみせ、捜査幹部からの絶賛を浴びたのでした。
2017年2月22日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より
朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ
※今朝のお話は、警察犬指導士=鈴木博房さんが書かれた岩崎書店刊
『警察犬になったアンズ~命を救われたトイプードルの物語』を元に構成しました。
番組情報
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