西日本豪雨の被災地を歩く(2)【みんなの防災2018】

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【報道部畑中デスクの独り言 第80回】

西日本豪雨の被災地取材、岡山に続いて、私たちスタッフは広島に向かいました。
まずは広島市内…地元の放送局は今回の災害をどのように報じたのか…RCC中国放送の笠間英紀ラジオ制作部長にお話を聞き、現状についても情報を収集しました。

その後、私たちは広島市から海沿いを南東に進み、呉市を目指しました。道は国道31号線。並走する有料道路「広島呉道路」、JR呉線は現在も通行止め(広島呉道路は11月を目標に通行止め解除、呉線の完全復旧は来年1月の見通し)。

道すがら、坂町の小屋浦地区では山の土砂崩れも生々しく、ブルーシートは土のうで処置がなされ、突貫工事による“仮の道路”がつくられていました。渋滞のなか、道路をくねくねと進みながら、広島市街から1時間あまり。県内で最も復旧が遅れているとされる呉市天応地区に到着しました。

呉市天応地区の様子。今もボランティアが活動している

地元のランドマーク、ポートピアパーク。そこからボランティアの皆さんが案内に沿って被災地に向かっていきます。国道から左折した道に、トラックや重機がひっきりなしに入っていく所がありました。
そこで目にしたのは、土砂が一階にたまったまま“手つかず”の住宅、流木が残る河川、乾いた泥にまみれて原形をとどめない“スクラップ”のような車両でした。

作業車両が走るが、人通りは少ない。被災した家々が並ぶ

「とにかく濁流、濁流」…住宅の庭先で片づけをしていた老夫婦が当時の様子を振り返ります。川が流木でせき止められてしまい、氾濫して行き場を失った泥水が家の中に…。外に出られず2日間、家の2階で過ごしました。2階から見ると石みたいなものも転がり、「車の上を水が走っていた」そうです。現在も家の廊下は「そのまま…」。土砂が積もった状態で「もう…大変よ」と、力なく話していました。

原型を留めないほど壊れた車も(右)

道路や鉄道の寸断で復旧が遅れているこの地区。食料など物資は確保されているようですが、家の片づけはほとんど進んでいないのが実情です。一方で、地区を走る河川は土砂の色と同じ“地肌”に、清流…透明な水が何事もなかったかのように穏やかに流れていました。何と皮肉な光景か…正直な印象です。

熊野町川角地区。こちらも倒壊した家や瓦礫がそのままに

続いて向かったのは熊野町川角地区。「大原ハイツ」と呼ばれるこの地区は、取材当時も避難指示が出されていました。森田解説委員とともに「ここが一番ひどい」と感じました。

衝撃的だったのは、黒焦げで骨組みだけの住宅。近所の住民の話では、土砂が電柱と車を直撃、その車が炎上し、家が全焼したといいます。土砂崩れのなか、消火活動さえ行えなかったということです。
現場には「コアストーン」と呼ばれる巨大な石が転がっていました。残ったままの車両のつぶれ方も、土石流の威力を物語っています。難を逃れながらも玄関前の柱が損傷し、「つっかえ棒」のような応急処置がされている家もありました。

ゴルフバッグ(写真右上)や、つぶれた車両の中にはお守りも…(写真右下)

「怖い山です」…近くに住む女性は話します。土石流をもたらした山は、地元では「三つ岩山」と呼ばれています。決して高い山ではありませんが、頂上に上ると町内が一望できるため、子どもたちも頻繁に登り、「熊野町の誇り」として親しまれていたそうです。
そんな自然豊かな山が牙をむきました。実はこの地域はハザードマップに載っていて、その通りに崩れていたそうです。

通称「三つ岩山」は、土砂崩れのためか山肌が見える(上) 。現場では12人が亡くなり、花が手向けられていた(下)

女性は、「あのときは一週間雨が続いて、山は“お腹いっぱい”になっていたと思う」と振り返ります。危険な状況を肌で感じたのでしょう。この女性は避難勧告の段階、大雨特別警報が発表される約2時間前に避難しました。その後「大原ハイツが崩れて、人が行方不明になっている」と聞いたといいます。
熊野地区では12人が尊い命を落とし、現場には花が手向けられていました。

広島市安佐北区口田南、土砂崩れ現場。家屋が全壊状態になった住民が、業者と今後のことを相談していた(右)

そのほか広島市内にも被害のつめ跡が残っていました。安佐北区、ここは4年前の豪雨でも被害が出ましたが、今回は口田南という地区で山の斜面が崩れ、死者が出ました。全壊した家の女性は「唖然、言葉も出ない。まさかここで…」と話します。

当時、家の前の道路が“川”と化したそうですが、避難の決め手になったのは長男からの連絡でした。「大田川が危ない。頼むから避難してくれ」…いまは長男のマンションで暮らしています。

使えなくなった家財道具が積まれている

西日本豪雨、岡山・広島両県の被災地を取材して、特徴的なことがあります。岡山の被害は堤防が決壊したことなどによる「面的」な広がりを持ち、その規模から復旧がなかなか進まない現実がありました。

一方、広島は斜面の土砂崩れや土石流が、約5,000カ所! 局地的な被害が無数にありました。橋の流失などによる鉄道や、道路の寸断は現在も続いており、これもまた復旧作業を難しくしています。
豪雨災害といっても様々な形があり、いずれのパターンも、どこで起きてもおかしくないという意識を持つことが必要と、改めて感じます。

広島呉道路。高速道路は依然、通行止めになっていた

ニッポン放送防災特別番組「ラジオで安心 みんなの防災2018」
FM93AM1242ニッポン放送 2018年9月1日15:00-16:30

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