【ライター望月の駅弁膝栗毛】
秋田県北部を流れる一級河川・米代川を渡って行くJR「花輪線」のディーゼルカー。
花輪線はIGRいわて銀河鉄道(旧・東北本線)の好摩から分岐して、荒屋新町・鹿角花輪・十和田南などの各駅に停まりながら、大館を結ぶ100㎞あまりのローカル線です。
花輪線の列車は好摩の先、盛岡まで直通運転されており、盛岡~大館間はおよそ3時間。
全線を直通する列車は1日わずか5往復ですが、のんびりと鈍行旅が楽しめます。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」の第17弾は、秋田・大館の「花善」にお邪魔しています。
8代目の八木橋秀一(やぎはし・しゅういち)社長は、東京・中野区出身。
「鶏めし弁当」の駅弁大将軍を記念して、自らチャンピオンベルトを作ってしまったそうです。
一緒に並んでいるのは、オリジナルのキャラクター「鶏めしマン」なんだとか!?
●新社屋で「鶏めし弁当」もバージョンアップ!
―「花善」は新しい工場を建てられたばかりですよね?
平成29(2017)年に、いまの工場ができました。
祖母からのキツい教えで「駅弁屋は絶対休んだらいかんよ」と云われていたので、まず旧工場に並ぶ形で新工場を建てて引っ越し、その後、旧工場を取り壊して駐車場としました。
実際、花善がこれまでに休んだのは、昭和30(1955)年の大火と、平成23(2011)年の東日本大震災の2回しかありません。
―新しい工場では、どのくらいの「鶏めし弁当」を作ることができますか?
3つのレーンで1日最大5000食を作ることが可能になりました。
ただ、ここまで稼働することは滅多になく、今年(2019年)の10連休でも、大体1日4000食程度です。
「鶏めし弁当」に1年で最も注文が入るのが、「大曲の花火大会」の日です。
およそ7万人の街に1日でおよそ50万人もの方が訪れるとされていて、大館の弁当屋にも注文が入りますし、賄いきれない分は北東北の駅弁屋さんにお願いすることもあります。
●じつはレシピがない!「鶏めし」
―鶏めし弁当の独特の「甘辛い」味付け…とてもユニークですよね?
東北は全般的に「甘辛い」味付け、寒い土地ならではの濃い味付けを好む傾向があります。
(煮汁は)最初に祖母のウタが作ったように、砂糖を入れて、醤油を入れているだけです。
大火でお店が燃えてもすぐに再開したくらいですから、すぐ作ることができるんです。
(花善の煮汁に)書類のレシピはありません。
―どうして「レシピ」がないんですか?
お客さまは、暑いときはさっぱりしたものを食べたいし、寒いときは濃いものを食べたいでしょう。
駅弁というものは、そのときそのときのお客さまの五感に響くものを作っていかなくてはいけないし、しかも、その“変化”が、お客さまに気づかれてしまうようでは絶対いけないんです。
つまり、お客さまに常に“同じ味”を提供するためには、“味は変化”するんです。
だから、レシピなんてものは要らないと思っています。
●その日その日に“最適な”鶏めし弁当をお届けしたい!
―では、「鶏めし」の味は、昔とだいぶ変わっている??
祖母のウタがだいぶ年齢を重ねたときに「ホントの鶏めし食べさせてやる!」と言って、最初に作った当時の「鶏めし弁当」を再現したことがありますが、これが本当においしくなかった。
鶏樽めしを再現したときもそうだったんですが、昔の駅弁は味が薄いんです。
恐らく当時は銀シャリ信仰が強かったので、濃いめの味付けご飯を受け入れる土壌がなく、味のコントラストがはっきりしていましたが、濃い味に慣れた方が多いいまは平たんな味です。
―花善では「鶏めし」を基本とした駅弁しか作らないんですか?
確かにいま、駅弁として販売しているのは、「鶏めし」をベースとする商品だけです。
でも、駅弁以外にも旅行業者さんなどに納入する「東北の香り」という弁当もあります。
鶏肉が苦手という方もいらっしゃることを考慮して、様々な弁当を作っていますし、もしも鳥インフルエンザが深刻な状況になってしまった場合のリスクヘッジは重要ですので、常に頭のなかで対応策のシミュレーションはしています。
●秋田だからこそ味わえる「鶏めし弁当」の味!
―現在、「鶏めし弁当」をはじめとした花善の駅弁を販売している駅は?
大館・秋田をはじめとした秋田県内の奥羽本線主要駅と新青森駅で販売しています。
今年(2019年)の春から、私の祖父母の販売スタイルに戻しました。
じつはずっと、私が東京出身ということもあって「東京なら何でも売ってる」という考え方には違和感を覚えていましたので、この形に戻すタイミングをうかがっていたんです。
花善の「鶏めし弁当」をいただくなら、“秋田かフランスへ…”ということでお願いします。
―確かに駅弁は現地でいただくのがいちばん美味しいですし、「花善」の駅弁は秋田杉の間伐材を使った割り箸もユニークですよね?
世界でウチだけの割り箸です。
秋田杉の間伐材は、捨てられてしまうことが多いため、せめて割り箸として活用できないか…という取り組みです。
残念ながら、秋田には割り箸業者がありませんので、福島で加工をされて戻ってきます。
普通の割り箸より10倍くらいの値段がしますが、秋田杉の間伐材にはこだわりたいです。
(株式会社花善・八木橋秀一社長インタビュー、つづく)
花善の数ある鶏めし駅弁のなかで、最高峰に位置付けられているのが、「スペシャル鶏めし弁当」(2100円、サラダ付きは2300円)かもしれません。
5個から注文を受け、前々日午後5時までの完全予約制で、受け渡しは当日10時から。
今回は、「駅弁膝栗毛」の取材に合わせて、特別に作っていただきました。
風呂敷に包まれた2段重ねのお重となっており、ずしりとした重みが感じられます。
【おしながき】
(上の段)
・鮭ホワイトソース
・エビチリ 紅茶鴨ロース
・厚焼玉子 ベーコンチーズ
・茄子の田楽味噌
・甘海老クリームコロッケ
・ビーフン炒め
・がんもどき 椎茸甘露煮
・搾菜のごま油和え
・柔らかスイーツ
(下の段)
・鶏めし
・肉団子
・香の物
風呂敷をほどいて掛け紙を外し、ふたを開けると、上の段の多彩なおかずが現れます。
その下からは、花善自慢の鶏めしが、たっぷり顔をのぞかせました。
和の煮物だけでなく、鮭のホワイトソースやエビチリといった洋・中にもウィングを広げ、しっかりデザートのスイーツまで入って、2~3人で取り分けてもいいくらいの大ボリュームです。
“スペシャル”の名にふさわしい、花善の技をギュッと詰め込んだ駅弁と言えましょう。
大館と盛岡を結んでいる花輪線ですが、並行して東北自動車道が通っています。
このため花輪線の直通列車が1日5往復に対し、高速バス「みちのく」号は1日14往復。
盛岡~大館間の移動は、残念ながら高速バス…という方が多いのが現状です。
でも、鉄道旅好きの間では、「花輪線の車窓は美しい!」というのは共通認識。
秋田北部の旅を楽しむなら、時間を合わせてぜひルートに組み込みたい花輪線です。
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/