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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
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「株式会社ぐるんとびー」公式ホームページより
自分の命に限りがあることを知ったとき、あなたは何を望むでしょうか?
「ピッチャーズマウンドにもう1度立って、豪速球を投げたい!」「ふるさとの山に登って、思いっきり遊んでみたい!」「サンマをどっさり獲って、大漁旗を立てて港に戻りたい!」
人生の最後に、自分が最もピカピカに輝いていた日々に帰ってみたいという夢を抱く人は、多いと思います。しかしほとんどの場合、その夢は果たせないまま終わってしまいます。病院の許可を得ることは難しいでしょうし、ご家族も反対するでしょう。
ところが、高齢で寝たきりの状態になった、認知症を発症してしまった、そういう人であっても『輝ける時間』は必ず取り戻せるはず! そんな信念のもとに活動している人がいます。
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「株式会社ぐるんとびー」公式ホームページより
神奈川県藤沢市大庭の団地の一室で、「小規模多機能型」の事業所を運営する株式会社『ぐるんとびー』代表取締役、菅原健介さん・40歳がその人です。
菅原さんの『ぐるんとびー』が実践している「小規模多機能型居宅介護」とは、介護保険の地域密着型サービスで、施設への「通い」や自宅への「訪問」、短期間の「宿泊」などを組み合わせた、日本で初めてとも言える試みなのです。
たとえば、2015年にスタートした『ぐるんとびー』の最初の契約者、中小企業の経営者だったYさんは83歳。中咽頭がん末期の患者さんでした。40年間続けて来た趣味は、スイミング。Yさんが何度も訴えるのは、「もう1度、プールで泳ぎたい!」という夢。
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「株式会社ぐるんとびー」公式ホームページより
病院は「体力も免疫力も落ちているので」と、もちろん認めてくれません。奥さんも「もしものことがあったら」と否定的。当然です。やがてYさんは、自宅療養のために退院。菅原さんは、もう1度尋ねました。
「いちばんやりたいことは、プールですね?」…このときのYさんの返事はいまも、菅原さんの心に深く刻まれていると言います。
「人が『死んでもいい』と言っているのに、やりたいことを止めるのが医療や介護の仕事か! そんな仕事なら、やめちまえ!」
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「株式会社ぐるんとびー」公式ホームページより
在宅診療の主治医、Yさん本人と家族、医療・介護のスタッフらと綿密な相談を重ね、「覚悟を持って本人の意思を支える」という方針が固まりました。
2015年2月、菅原さんと出かけたプールで、Yさんは激痛に耐えながら、ものすごい形相で1時間ほど水中を歩き続けました。そして「痛かったけど最高だったよ。ありがとな!」と満面の笑みを浮かべたYさんは、その1ヵ月後、旅立ったと言います。菅原さんは振り返ります。
「水のなかを1歩1歩行くYさんの背中に、人間の『尊厳と輝き』を教わりました」
認定された要介護度に応じたマニュアル通りにすれば、仕事も簡潔になるはず。しかし、菅原さんがそれぞれのカタチで輝くオーダーメイドの介護にこだわり続けるのは、「世界一しあわせな国」と言われるデンマークの学校で教育を受けたことと無縁ではありません。
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「株式会社ぐるんとびー」公式ホームページより
「当時は気づかなかったんですが、いま思えば強く影響されたと思います」
こう語る菅原さんは、デンマークの森のなかにある学校に入りました。日本語の授業を手伝うという条件だったのですが、いつまでも日本語の授業が始まらない。『おかしいな?』と思い教師に聞いてみると、「名簿には名前がない。おまえは誰だ?」という返事。しかし、すでに仲良くなっていたクラスメートが言いました。
「ケンスケはゲストなんだ。ケンスケと一緒にいたい!」
教師は聞きました。「ケンスケも一緒にいたいと思うか?」…うなずいた菅原さん。すると教師は「それならいい。好きなだけ、この教室で勉強しなさい」と言いました。
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「株式会社ぐるんとびー」公式ホームページより
実は、菅原さんが入る予定だったのは、隣りの学校だったそうです。日本ならば大変なことになるはず。ところがデンマークでは、ルールよりも話し合い。みんなで話し合ってよければ、それでOKと考えるそうです。
つまり「何が正しいか」ということを固定しない、決めつけない。ALWAYS WHY?…いつも「なぜ?」と考える姿勢が根底にある国が、デンマークだと言います。
菅原さんは東日本大震災のときも、現地でボランティアコーディネーターとして活動したそうです。そして、ルールや前例が先に来ると、多くのことが動かなくなってしまうことを思い知ったと言います。
「ルールのなかで生きる息苦しさが、私のエネルギー源かもしれません」
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「株式会社ぐるんとびー」公式ホームページより
こう語る菅原さんが、藤沢の団地の一室から始めた『ぐるんとびー』は、デンマークの父と言われる「ニコライ・フレデリク・グルントヴィ」の名前から取ったものだそうです。最後に、菅原さんは付け加えてくれました。
「本人の選択には必ず、リスクが伴います。ですから『ぐるんとびー』に合わない方もいらっしゃいます。何でも夢が叶う魔法の介護ではありません」
しかし、『ぐるんとびー』が発している一すじの光は、日本の介護の行く末を明るく照らしているようです。
上柳昌彦 あさぼらけ
FM93AM1242ニッポン放送 月曜 5:00-6:00 火-金 4:30-6:00
朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ