それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
『福田村事件』(2023年9月1日公開)という映画があります。関東大震災から5日後の9月6日に起きた、いまから100年前の事件を描いた映画です。
関東大震災による死者・行方不明者は約10万5000人。そのうち6割に当たる約6万6000人が、東京の火災で亡くなりました。
延焼が続き、焼け出された人々が逃げ惑うさなか、「朝鮮人が井戸に毒薬を投げた」「朝鮮人が武器を持って襲ってくる」などの流言飛語が、関東一円へ余震のように広がっていきました。
震災の翌日、政府と軍部は戒厳令を出し、関東各県に命令して、在郷軍人や青年団、消防団などによる自警団の結成を伝達します。これらも、根も葉もないデマを信じてしまう要因になったようです。
映画『福田村事件』で資料などの協力をされたのが、「福田村事件を記録する旧田中村・民の会」事務局・松丸健二さんです。松丸さんは福田村事件が起きた隣の田中村(現在の柏市)出身で、事件を知ったのは1975年、高校1年生のときでした。
「市の広報を読んで、田中村の住民が隣の福田村までわざわざ出向き、事件に関わっていたことを知りました。人ごとではないと思いましたね。静かなこの土地で、なぜあのような残虐な事件が起きたのか、ずっと心に引っかかっていました。3年前に定年を迎え、自分の時間ができるようになって事件を調べ始めたら、驚くことばかりでした」
福田村事件は、長く歴史の闇に埋もれていました。いまから44年前の1979年、遺族の連絡を受けた千葉県の高校教諭と、協力を依頼された香川県の高校教諭らの調査で明らかになりました。
また事件当時、九死に一生を得た生存者がおり、その手記や聞き取り調査などで事件の詳細が見えてきたそうです。
関東大震災が起きた日、香川県から来た薬の行商人一行15人は、醤油の町で知られる野田に滞在していました。
余震のなかでも商売を続けていましたが、そろそろ場所を変えようと9月6日に商人宿を出て、福田村にある利根川の渡し場に向かいます。川を渡れば茨城です。筑波山が富士山よりも大きく見える、のどかな農村で事件は起きました。
午前10時ごろ、渡し場の手前の香取神社で一行が休憩していると、大勢の村人に囲まれます。
「お前たちの言葉遣いが日本人ではないように思うが、朝鮮人だろう」
いくら「日本人だ」と言っても信じてもらえず、押し問答が続きます。そのとき、行商人の1人がタバコの火を借りようと立ち上がったのを見て、「逃げるのか! 殺してしまえ!」と、日本刀や竹槍、猟銃を持った自衛団が襲いかかりました。幼児・妊婦を含む9人が殺害され、近くの利根川に投げ込まれたそうです。
これは偶発的に起きた事件なのでしょうか。松丸さんに伺うと、「いえ、前日の9月5日には千葉県の検見川で、沖縄・秋田・三重出身の男性3人が殺害される『検見川事件』が起きているんです」と教えてくださいました。
大正12年という時代背景ですが、明治38年に日露戦争に勝利し、明治43年に韓国併合……大正に入ると植民地支配した朝鮮半島で独立運動が起こり、それを次々と弾圧してきました。
当時の日本人には「いつか仕返しをされるかも知れない」という恐怖心があったのでしょう。そんなときに関東大震災が起きて、通信網が大混乱するなか、誤った情報が住民をたちまちパニックに陥れました。
それにしても、なぜ子どもや妊婦の命まで奪ったのか……松丸さんはこう話します。
「この事件を調べてわかったことは、特殊な事件ではなく、『誰もが加害者になるかも知れない』ということです。私もその場にいたらと思うと、とても怖くなりました」
福田村事件が起きた香取神社を訪ねると、人影もなく、事件を伝える解説板もなく、ただ蝉が鳴くばかりでした。
■映画『福田村事件』
9月1日(金)より、テアトル新宿、ユーロスペースほか全国公開
監督:森達也
出演:井浦新、田中麗奈、永山瑛太、東出昌大、コムアイ、ピエール瀧、水道橋博士、豊原功補、柄本明 ほか
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