【ライター望月の駅弁膝栗毛】
伊豆箱根鉄道の車両の中でも、首都圏の方には懐かしいのが1300系電車。
この車両は元・西武鉄道新101系で、西武池袋線などで活躍していた車両です。
平成20(2008)年に2編成が入り、外観は伊豆箱根鉄道のコーポレートカラーである青と白のカラーリングになりました。
車内は3ドア・ロングシートのままで、通勤・通学輸送に大きな力を発揮します。
1300系のうち1編成は、2年ほど前から西武鉄道時代のカラーに戻されており、「イエローパラダイストレイン」の愛称で親しまれています。
私も静岡にいた10代の頃から、西武球場に時々行っており、その後もずっと西武線沿線で暮らしておりますので、静岡をこのカラーの列車が走るのは感慨深いもの。
駅弁にはやや不向きですが、郷愁はたっぷりの車両です。
そんな1300系電車が走る伊豆箱根鉄道駿豆線の終点・修善寺駅で、昭和40年代から、駅弁を手掛けているのが「舞寿し」。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第10弾は、「舞寿し」の武士東勢(たけし・とうせい)さんにお話を伺っています。
今回は名物の「武士のあじ寿司」がどうやって生まれたのか、訊いてみましょう。
―名物の「武士のあじ寿司」が出来たきっかけは?
スグそばにコンビニエンスストアが出来たことです。
もろに弁当が競合してしまい、価格では負けてしまいますし、内容はかぶってしまいました。
もちろんウチは全て手作り、無添加を貫いていたんですが、お客さんにとっては、なかなか区別がつかないのが正直なところで、売り上げがどんどん落ちてしまいました。
もう、やめてしまおうかというところまで行ってしまったんです。
この時、ウチのカミさんがアドバイスをくれました。
「元々お寿司屋だったんだから、酢飯を使った弁当にしたら? 沼津の魚河岸も近い訳だし」
確かに沼津には寿司屋時代のパイプがありました。
そこで沼津のアジを使った弁当を作ろうということになったんです。
―ただ、お寿司屋さんをやっていたとは言っても、やめてから時間が経っていて、改めて「寿司」を作るには、いろんな壁があったんじゃないですか?
まず、私の母が立ちはだかりました。
母は「そんなの売れっこない!」と首を縦に振ってくれないんです。
ところが、その母が入院する出来事がありました。
そこで、母が入院している間に、箱はコレ、内容はコレと、あじ寿司の試作品を作ってしまって、『もう売るだけ!』という形にしておいたんです。
帰ってきた母は、出来上がっていた「あじ寿司」を見て、寿司屋の血が騒いだんでしょうね。
「アジの〆方はコレ、酢はこんな感じ・・・」と、味を調えてくれました。
正直、もう廃業を覚悟していて、「これがダメだったらもうやめよう」と思って出したのが「あじ寿司」だったんです。
―食材へのこだわりも大きいですよね?
今もアジは沼津で仕入れています。大きさは卸してくれる魚屋さんに希望を伝えています。
わさびは天城産を使っています。
天城のわさびは、単独では商品になれない、品質は高い規格外のものを、少しだけ安くして貰って、まとめて仕入れています。
見た目は悪くても、しっかりわさびの香りがするものをこだわって使っています。
あと、桜の葉っぱは西伊豆・松崎産を使っています。
―調理方法にもこだわっていますか?
アジはまず塩に漬けます。それから水洗いして、ここで冷蔵庫に1日寝かせます。
次の日に酢に漬けて、1本1本手作業で骨を取ります。
酢に漬けると、身が柔らかくなるので、骨を取りやすいんです。
この骨を取ったアジを、また一晩寝かせます。
ココで酢がマイルドにじんわりと効くようにします。
酢が強すぎると身がパサパサになってしまいますので。
そして販売当日、アジに包丁を入れて切り、寿司飯と一緒に箱に詰めていきます。
仕入れて寝かし、骨を取って酢に漬け寝かし、3日目にようやく「あじ寿司」になるんです。
アジを〆る酢はフツーの酢ですが、寿司酢は秘伝の方法で調合して作っています。
母曰く、「寿司酢は一子相伝」なんだそうです。
―駿河湾のアジの旬はいつ頃なんですか?
やっぱり、夏から秋にかけてですね。
太って身が厚く、脂の乗りもいい、一番いいアジに出逢えることは滅多にないですけど。
加えて、この時期は米もいいんです。
普段から米は基本的に天城産のものを使っているんですが、秋の新米の時期は、修善寺のカミさんの実家で収穫されたものを使うことがあります。
玄米を自分で精米に行っています。
自分で精米すると、お米が大きくてしっかりしているんです。
―秋に旬のアジと新米がタイミングよく重なったら、それは最高のあじ寿司でしょうね!
(舞寿し・武士東勢さん、インタビュー続く)
「武士のあじ寿司」には、「武士のあじ巻き寿司」(1,100円)という姉妹品があります。
レギュラーのあじ寿司を海苔巻きにした駅弁です。
桜の葉っぱの代わりにしそを巻いているのが特徴。
レギュラーのあじ寿司は1人で食べきるイメージで作られていますが、海苔巻きは、何人かでシェアするイメージで作っているそうです。
「あじ巻き寿司」は、レギュラーのあじ寿司と違って、朝、一定数を作ったら売り切れ御免。
週末などの繁忙期に、確実に入手したい場合は、電話予約(0558-72-2416)がお薦めです。
しその風味が効いていて、あじ寿司とはひと味違った食感が楽しめますよ!
「武士のあじ寿司」の登場からおよそ20年。
修善寺駅弁の「舞寿し」は、コンビニ弁当との競合から、地場産品を使った高付加価値駅弁への転換を見事に果たしました。
次回は、数年前に始めた新たな取り組みに注目します。
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/