【ライター望月の駅弁膝栗毛】
いよいよ、子供たちの本格的な夏休み。
旧盆で帰省を予定している方は、ふるさとの景色、人、味が懐かしくなってきますね。
新幹線はいまも、普段なかなか逢えない人をあっという間に結び付けてくれる、夢の乗り物。
東京から1時間も乗れば、車窓には緑いっぱいの田園風景が広がります。
そして、それぞれの心のなかにある、“おふくろの味”が恋しくなってきます。
駅弁膝栗毛の恒例企画、ライター望月が駅弁屋さんにお邪魔して、駅弁の製造現場に入り、その経営に携わる方にお話を伺う「駅弁屋さんの厨房ですよ!」。
「伊東」「小淵沢」「水戸」「出水」「長岡」「米沢」「松阪」「横浜」「姫路」「修善寺」「富山」「仙台」「一ノ関」「米沢」「山形」と巡り、第16弾の今回は、郡山駅弁「福豆屋」に伺いました。
福豆屋の本社は、JR郡山駅から車で10分ほどの、郡山食品工業団地にあります。
いまや、郡山駅弁「福豆屋」を代表する駅弁となったのが、「海苔のりべん」(980円)。
昨年(2018年)秋に、東日本エリアを中心に行われた駅弁の人気投票「駅弁味の陣」では、見事、第1位の「駅弁大将軍」と「最多応募賞」のダブル受賞を果たしました。
現在、週末の金・土のみ行われている東京駅での販売では、陳列されるとほぼ即完売!
いま、最もノリノリな駅弁、「海苔のりべん」ができていく過程を見せていただきました。
●1つ1つ手作業で作られる“二段重ね”の海苔弁!
福豆屋の製造レーンは3つ。
1つが「海苔のりべん」をはじめとした駅弁で、残り2つは、福豆屋が手掛けている郡山市内の給食や仕出しなどの製造がおこなわれています。
炊きあがってから駅弁向けに冷まされた、地元・郡山周辺で採れた米「あさか舞コシヒカリ」の白いご飯が据え付けられて、いよいよ「海苔のりべん」の製造開始です。
「海苔のりべん」の最もユニークなところは、二段重ねののり弁であること。
上から箸をご飯に入れていくと、もう一層、海苔が現れて「おっ!」となります。
福豆屋・小林文紀(ふみき)専務のお母様との思い出に由来するという、この二段重ね。
駅弁作りでは、単にご飯を盛って、どんどんおかずを詰めていくのが一般的ですが、「海苔のりべん」の二段重ねは、いったいどのようにできているのでしょうか?
ご飯を盛るトップバッターの方は、ご飯を2つの塊に分けて手に取ります。
1つは普通にご飯のゾーンへ、もう1つはおかずのマスに“仮置き”されます。
その上で昆布の佃煮と、一層目のみちのく寒流海苔を載せ、隣のマスに仮置きしていたもう1つの白いご飯を上に載せていきます。
じつはすべて手作業、普通の幕の内駅弁ではまずないくらい、手間をかけていたんです。
●駅そばのDNAが活きている「おかか」
真っ白いご飯の上に載せられていくのは、福豆屋こだわりのおかかです。
大きな釜を使って、福豆屋秘伝の“そばたれ”で、丁寧に炒られていると言います。
この“そばたれ”、郡山駅や猪苗代駅などで営業していた駅そばに由来するそう。
かつて東北を旅した人たちのお腹を満たした駅そばのDNAがおかかに活きていたとは!
福豆屋の初代の方から受け継がれ、日々、磨き続けた味の結晶が、ここにあるのです。
●わずか3人! 職人さん手作りの玉子焼き
そして今回、「海苔のりべん」の製造過程を見せていただくなかで最も心を打ったのが、福豆屋でも、わずか3人の職人さんだけが作っているという「玉子焼き」です。
1本の玉子焼きを焼き上げるのに、使われる卵は9個。
オリジナルの出汁を加えて、何と1つ1つの玉子焼きが手焼きされていました!
これを見てしまったらもう、玉子焼きをかみしめる度に涙が出てしまいそうです。
3人の職人さんはみんな男性の方。
それは重い玉子焼き器を持ち上げ、玉子焼きを返して巻いていく作業があるからなんです。
しかも「海苔のりべん」の玉子焼きは大きいので、焼いて~巻いてを繰り返すこと4回!
焼きあがった玉子焼きは、神々しいくらいキラキラしていて、湯気を立てていました。
「海苔のりべん」の玉子焼きには、職人さんの魂が込められていたのです。
さあ、焼鮭や玉子焼き、煮物をはじめとしたおかずが折に1つ1つ詰められて、仕上げにちょいとひと味加えた、いちばん上のみちのく寒流海苔が載せられて、盛り付け完了。
蓋をされ、おなじみの掛け紙がかけられて、手作業で1つ1つ紐が結ばれて、ようやく郡山名物駅弁「海苔のりべん」の完成となります。
【おしながき】
・白飯(あさか舞コシヒカリ) おかか 昆布佃煮 焼海苔
・玉子焼き
・焼き鮭
・蒲鉾
・煮物(えびいも、人参)
・きんぴらごぼう
・梅干し
・赤かぶ漬け
この「海苔のりべん」の生みの親が、株式会社福豆屋の小林文紀(ふみき)専務取締役。
早速、開発エピソードを伺っていきましょう。
―ここまで「玉子焼き」にこだわっているのは、なぜですか?
福豆屋には、昔から「玉子焼き」専門のオバちゃんがいました。
私自身も小さいころ、そのオバちゃんの横にいて、切れ端をいただくのが楽しみでした。
その思い出から、「海苔のりべん」では、玉子焼きをできるだけ大きくして、手作りにこだわるようにしています。
東北の皆さんは、出汁の味だけですと上品すぎると感じられるので、甘みも付けています。
―のり弁自体も、小林専務のお母様との思い出から生まれたものですよね?
駅弁屋は365日無休の仕事ですので、子供たちにできることは限られています。
時間がないなか、子供たちのお弁当には、サッと海苔を2枚入れて作ってくれていました。
この思い出が忘れられず、自分が母になった頃から20年以上、「のり弁をやりたい」「二段で作りたい」という思いをずっと持ち続けていました。
やがて母も亡くなり、もう「自分が作りたいものを作ろう!」と、この駅弁を作ったんです。
―脂がのった焼き鮭も、私は大好きです!
開発のとき、「肉と揚げ物は入れない」と決めました。
入れてしまうと、街なかの弁当屋さんが作るのり弁と一緒になってしまうからです。
その代わり、焼き魚の鮭はできるだけ、脂がのったハラスを使うことにしました。
ちなみに、煮物のお芋は、里芋ではなく海老芋を使っています。
このねっとり感が、「母は好きだっただろうな」と思い浮かべながら入れました。
―いまの「海苔のりべん」人気…、どのように分析されていますか?
平成22(2010)年に発売したときは、ほとんど売れませんでした。
でも、震災後、復興支援で福島にいらっしゃった皆さんが口コミで美味しさを広めて下さり、マツコさんの番組をはじめ、テレビ等で多くのお客様に知っていただくことができました。
「普通の駅弁」を丁寧に作ったこと、そして「日常なんだけど実はちょっと日常じゃない」というのが、よかったのかなと分析しています。
(株式会社福豆屋・小林文紀専務インタビュー、つづく)
多くの方にとっての“おふくろの味”が詰まっている福豆屋の「海苔のりべん」。
改めて、幕の内弁当の素晴らしさを感じさせてくれる駅弁でもあります。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第16弾・福豆屋編。
次回以降、小林文紀専務取締役に福豆屋の歴史をはじめ、幕の内弁当へのこだわりなど、たくさん語っていただきます。
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/