大船駅「大船軒サンドウヰッチ(復刻掛け紙)」(530円)~大船軒のレトロ社屋に隠された「家紋」の秘密

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【ライター望月の駅弁膝栗毛】

185系電車・特急「踊り子」、東海道本線・大船~藤沢間

特急「踊り子」号は、大船駅を出ると大きく右に弧を描きながら、東海道本線を下ります。
国鉄の特急エンブレムを掲げた185系電車は、昭和56(1981)年のデビュー。
現在、東海道本線を走る旅客列車のなかでは、希少な国鉄世代の車両です。
昭和、平成、令和と、時代が移り変わるなかで、大きなモーターの音、つまみで開く窓…。
いまではグリーンストライプの電車も、ちょっぴり懐かしさを感じる車両となりました。

大船軒

185系電車が生まれるさらに半世紀前、昭和6(1931)年に建てられたのが、大船駅を拠点に駅弁を製造・販売する「大船軒」の本社社屋です。
大正12(1923)年の関東大震災で多くの建物が倒壊してしまった大船軒ですが、その被害から立ち直り、株式会社化されたこの年、新社屋が建てられたと言います。
まさに“昭和モダン”を感じさせる、レトロな佇まいが魅力です。

大船軒レトロ社屋探訪ツアーの様子

10月27日(日)に開催された大船軒の「第6回・鰺祭」では、初めての試みとして、「大船軒レトロ社屋探訪ツアー」が開催されました。
じつはこのレトロ社屋、まもなく外壁の補修工事に入るため、その前の開催となったそう。
この日は、大船軒のホームページから参加を申し込んだ、先着約10名の皆さんが参加。
駅弁の掛け紙デザインを担当する、大船軒「小川英恵さん」の案内で社屋を巡りました。

大船軒レトロ社屋探訪ツアーの様子

当時としては珍しいコンクリート造りで、1・2階が鯵の押寿しの工場として稼働し、2・3階部分が事務所になっていたと言います。
現在、会議室となっている部屋には、時代を感じさせる天井の装飾が…。
竣工当時の新聞記事には、「大量生産可能な衛生的な工場」と紹介されていたと言います。
昭和初期で“大量生産のノウハウ”を持っていた駅弁屋さんは、かなり希少なんですよね。

大船軒レトロ社屋探訪ツアーの様子

このレトロ社屋、“自然の摂理”を活かした造りが、とても興味深いものとなっています。
2階の通路には天窓が設けられ、いまも自然光が取り入れられています。
また、竣工当時は、床の一部がガラスブロックで、1階の灯り取りになっていたのだそう。
なお、いまは白く壁が塗られていますが、昔は黒壁で、虫の習性を利用し侵入を防いだとか。
“自然との共存”という意味では、よく考えられた社屋だということに感心しきりです。

大船軒レトロ社屋探訪ツアーの様子

鎌倉市への編入はおろか“大船町”として町制施行もしていなかった、昭和6年当時ですが、大船周辺にはすでに電気が通っていたと言います。
しかし、駅弁工場を支えるほどの大きな電力はなく、冷蔵庫の代わりに使われていたのが、社屋の裏山に掘られた“氷室”なんだそうです。
残念ながらいまは、災害復旧時に埋められてしまったため、その痕跡だけが残っています。

大船軒

さて、今回の社屋探訪ツアーで、思わず膝を打ったのが、社屋3階のダミーの丸窓でした。
歴史好きのアナタなら、ある武家の名前が思い浮かびませんか?
そう、薩摩藩・島津家の家紋!
大船軒は日本初の駅弁サンドウィッチを販売したことで有名ですが、その発売に当たっては、旧・薩摩藩士で第2代総理大臣を務めた黒田清隆が「関係」していました。

大船軒「鰺祭」会場にて

大船軒の創業者・富岡周蔵は、いまの東京・保谷辺りの出身ですが、奥様の父上(義父)が、薩摩藩士の相良長発(さがら・ながなり)で、この弟が小松帯刀(こまつ・たてわき)でした。
小松帯刀と言えば、明治維新に際して「鉄道敷設建白書」を出したことで、子孫の方が長年、品川駅で常盤軒という駅弁屋さんをやっていたのも記憶に新しいところ。
そういった縁で黒田清隆も、富岡家を訪れる機会があったというんですね。

大船軒サンドウヰッチ(復刻掛け紙)

薩摩藩と言えば、西郷隆盛は鉄道に反対していたと云われますが、駅弁という視点からは、“薩摩と鉄道”は切っても切り離せない、深い“人脈”があったことが伺えます。
その象徴とも言える存在が、いまに続く「大船軒サンドウヰッチ」(530円)。
今回の「鰺祭」では、発売当時の掛け紙を施した“復刻掛け紙”バージョンが、50個限定で販売されました。

(参考)大田区ホームページほか

大船軒サンドウヰッチ(復刻掛け紙)

大船軒サンドウヰッチ

復刻に当たっては、国立国会図書館に所蔵されている「貼交帖(はりまぜちょう)」という文献に添付されていた明治時代の掛け紙を参考にしたと言います。
薄茶色の紙に当時の価格「20銭」と、鎌倉ハムについての紹介がされている掛け紙。
120年経ったいまも、鎌倉ハムが使われたシンプルな味は健在で、500円台という価格帯で手軽に味わえるのは、じつはとても凄いことなんですよね。

E217系電車・普通列車、横須賀線・逗子~東逗子間

横須賀線の敷設を、時の内閣総理大臣・伊藤博文に要請したのは、陸軍大臣・大山巌と、海軍大臣・西郷従道…2人とも薩摩の出身です。
戦時中は、海軍に接収されたこともあるという大船軒のレトロな社屋。
大船に海軍捕虜収容所があったせいか空襲を免れ、島津家の家紋がいまに残りました。
現在開催中の「駅弁味の陣2019」にも出陣している「大船軒サンドウヰッチ」。
「薩摩~海軍~横須賀線」、この3つを一緒に思い浮かべていただくと、一層歴史の重みと美味しさが感じられる駅弁です。

(参考)横須賀市ホームページ

連載情報

ライター望月の駅弁膝栗毛

「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!

著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/


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